ちくま新書

問われる日本の途上国支援
『日本型開発協力――途上国支援はなぜ必要なのか』はじめに

ちくま新書6月刊『日本型開発協力――途上国支援はなぜ必要なのか』より「はじめに」を公開します。欧米や新興国による開発援助とは一線を画する、独自の途上国支援を続けてきた日本。ただ、そのあり方がいま問われています。「日本型開発協力」はどうあるべきなのか。長年第一線で活躍してきた著者が語ります。

 第二次世界大戦後、国際社会への復帰を果たした日本は、はやくも1950年代にアジア大洋州地域の途上国支援に乗り出し、その後、対象国や規模を拡大しながら、今日まで世界各地で協力の実績を積み上げてきた。西洋列強の圧力に耐えつつ近代化を成し遂げた、みずからの経験を踏まえ、現地の人々との信頼関係に基礎を置く協力姿勢は、多くの国から好意的な評価を得ている。
 その相手の立場を重んじる手法は、自由主義や民主化などの価値の普及を目指す欧米や自国の経済的利益を求めがちな新興国の開発援助の姿とは趣を異にしており、まさに日本らしい協力のかたちとなっている。
 しかし、そうした日本独自の途上国支援のあり方、すなわち日本型開発協力は、今、岐路に立っている。その背景にあるのは、気候変動対策や平和構築など、開発協力の目的が多様化していること、途上国の現場で新興国の存在感が大きくなっていること、そして、流動化する国際秩序のなかで、日本の安全保障環境が緊迫の度合いを増していることである。
 折しも、2023年半ばに発表される新「開発協力大綱」では、自由で開かれた国際秩序が「重大な挑戦」にさらされていると表現し、日本の強みを生かした積極的な途上国支援の展開が謳われる見込みである〔注記:開発協力大綱の改定は2023年6月9日に閣議決定された〕。これに従えば、開発協力の実施において、国際社会への貢献と自国の安全保障の確保を両立させることが強く要請される状況にある。
 他方、持続可能な開発目標(SDGs)が2015年の国連サミットで採択され、企業活動や学校教育に広く浸透したこともあり、途上国の実情は多くの人々にとって身近な関心事となってきた。SDGsの各目標は、途上国の開発課題に直結しているが、昨今の国際情勢は、世界規模でのSDGs達成を困難にしつつある。
 本書は、以上のような現状を踏まえ、「日本の途上国支援はどうあるべきか」「はたして日本は途上国からの期待に応えていけるのか」を主題として論じていくものである。
 途上国の社会経済基盤は一般に脆弱であり、大国どうしの争いや思惑に左右されやすい。ロシアのウクライナ侵攻で甚大な被害を受けるのは途上国の人々である。物価高や食糧不足に悩む国々では、貧困層が拡大し、栄養不足に直面する子どもの数が増加している。途上国支援に携わる者としては、現状を少しでも好転させたいという思いが強くなるばかりである。
 事態の深刻化に伴い、大国に翻弄される立場から脱却すべく、途上国の結束を強化する動きも顕著になってきた。それが「グローバル・サウス(南半球を中心とした途上国)」の活動であり、国際社会の新しい極として、発言力を増す取組みが盛んになっている。2023年のG20議長国は「グローバル・サウス」の代表格たるインドが務めており、途上国の声を大国に伝える役割を果たそうとしている。第二次世界大戦後に注目された新興独立国による非同盟運動の現代版が、その存在感を増す状況にある。
 さらに、台頭著しい新興国による途上国支援の拡大は、世界の「開発協力市場」の勢力図を塗り替えつつある。特に中国の広域経済圏構想である「一帯一路」の推進は、先進国が構築してきた国際標準型の協力手法と競合し、大国間の勢力争いにも影響を及ぼしている。これに連動して、前述のように開発協力にも安全保障の色彩が加わり始めた。このように、途上国の影響力が増すなかで、日本の開発協力のあり方が改めて問われていると言える。
 以上に基づき、本書では、途上国の特徴である権威主義と開発の関係(第1章)、日本が蓄積してきた協力手法の内容や特徴(第2章)、昨今の国際情勢を踏まえたインフラ協力の新しい価値(第3章)、新興国による途上国支援(第4章)、日本の実施体制の強みと課題(第5章)、日本らしい開発協力の展開(第6章)の順に記していく。

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