ちくまプリマー新書

いくら憧れていても素人のカフェ経営は無謀!?
『料理人という仕事』より本文を一部公開

料理人・飲食店プロデューサーの稲田俊輔氏が、料理人として生きていく方法と心構えを伝授。多くの人が憧れ、そして去っていく飲食業界において「幸せな料理人」になるには何が大切なのか? 『料理人という仕事』より本文の一部を公開します!

カフェを開業したいのですが……

 「自分でカフェを始めてみたいんですけどどう思いますか?」

 という相談を受けることがあります。それがどのくらい本気の相談なのかはともかく、私はとりあえずこう聞きます。

 「カフェ以外には何ができますか?」

 レストラン、居酒屋、ラーメン、何でもいいのですが、カフェ以外の飲食店のノウハウはありますか、という質問です。これまでの経験上、「特にありません」という返答が返ってくることがほとんどです。私は、

 「カフェしかできない人がカフェをやるほど無謀なことはありません」

 と、はっきり宣告します。

 もし「他には〇〇ができます!」という答えが返ってきたとしたら、それはそれで答えを用意しています。

 「だったらまだ、そちらをやった方がいいと思います」

 もっとも、実際にそういう答えが返ってきたことはありません。なぜならばそう答えられる人は、これまで独立経験は無かったとしても、既に「飲食のプロ」です。飲食のプロが「カフェで独立したい」と考えることはそうそうありません。

 はっきり言って、カフェの経営はとても難易度が高いです。確かに利益率だけは高いかもしれません。原価率一〇%以下であるコーヒーを筆頭に、ドリンク類は基本的に割の良い商品です。フード類も、カフェであれば少し割高でも許されます。

 しかしいかんせん、客単価の天井は低いです。せいぜい一ドリンク一フード、もしくはドリンク二杯まで。そしてそれですら、全体の中では少数派です。

 そして一番の問題は回転率の悪さです。ラーメン屋さんなら、客単価は低くても短時間でどんどんお客さんが回転しますが、カフェは基本的に「ゆっくりするところ」です。そしてゆっくり過ごせることこそが価値であるカフェは、ゆったりとしたシーティング(席の配置)が求められます。雰囲気作りのためには、内装費なども余計にかかります。そのあたりをうまく解決したのがチェーンのカフェです。じゃあ個人店がそれと同じことをやって対抗できるかと言えば、さすがにそれは無理です。

 個人経営のカフェでの成功例は、もちろんあります。しかし、一見そこそこ流行っているように見えたとしても、そのカフェ単体でしっかり利益が出ているケースは極めて少ないはず。持ちビルの一階テナントが空いているから、遊ばせておくくらいなら、とカフェを直営しているケースや、他にメインとなる事業があって、半ば税金対策のように運営されているケースなど。

 それでもカフェ開業の夢を追う人々は後を立ちません。自分の趣味やセンスを生かして自分らしくゆったりと働けるイメージが、あまりにも魅力的だからでしょうね。「自分でもできそう」というイメージもあるのでしょう。専門的な料理はできないけど、自分の作るパスタやカレーやガパオライスはなかなかおいしいぞ、みたいな。

 残念ながら、趣味やセンスの良さに自信があっても、それを評価してくれる人は同じ趣味の人だけですし、そういう人たちだってそれを目当てにお金を落としてくれるとは限りません。パスタやカレーやガパオライスはマズく作る方がむしろ難しい料理であり、普通においしい程度のそれは、世の中にいくらでもあります。

 夜のお客さんが少ないならディナータイムはアルコールをメインにおいしいおつまみを出したい、という話もよく聞きます。目を覚ましてください。プロの料理人が腕を振るい、お酒のプロもいる、安くておいしくてメニュー豊富な飲み屋さんが街にどれだけ溢れていると思いますか?

 厳しいことばかり書いてきましたが、私の仲間のひとりに、将来的にカフェをオープンさせる計画を練っている人物がいます。彼はもうかれこれ30年以上、飲食業に携わっています。喫茶店のチーフやホテルのサービスマンを皮切りに、その後和食店の店長としてその店を大繁盛店に仕立て上げ、今はその店を含む複数の店舗をマネージメントしています。サービスと管理業務を中心に、もちろん料理も一通りこなす、言うなれば飲食のプロ中のプロです。そんな彼が、飲食の仕事に入ったきっかけでもある喫茶店への夢を忘れることなく、いつかは、とそのタイミングを窺っています。ただしリスクが大きいのは百も承知ですから、かなり慎重でもあります。

 私は、彼であればきっとうまくやるだろうと思っています。逆に言うと、このレベルでなければ、カフェの開業は素直に応援できません。



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