ちくま新書

クリエイティブになりたければ、能動的に調えよ!
『創造性はどこからやってくるか――天然表現の世界』はじめに

何も閃かない、ネタ切れ、考えが浮かばない、アタマが硬い、センスに自信がない……。悩んでいても、いいアイデアは浮かんでこない。それはふいに降りてくるものだ。では、どうすれば? 従来の科学モデルでは説明できない人間の創造力の謎に、体を張って挑んだ郡司ペギオ幸夫さんの新刊『創造性はどこからやってくるか―天然表現の世界』より、「はじめに」を公開します。

 本書は、アートに基づく「創造入門」である。私はこれまで、生命や創造に関する理論的考察を行なってきたが、実際、私自身、この2年で初めて作品を制作し、インスタレーションによる展示を行った。本書はその過程の記録でもある。そこでは創造の仕掛け(理論)を自らに課し、自らを「調えて」制作していった。その意味で、私の制作は、私が提案する創造理論の実践になっており、創造の瞬間、何が起こっているのか、それについても述べている。
 アート作品を手がかりにしてはいるが、何の創造であるかは問わない。創造とは、「わたし」において、新しい何かを実現すること、「わたし」の外部との接触を感じることである。「やった」「できた」「わかった」という新たな扉を開くものだ。他の誰かがやっても意味がない。創造とは、自分でやるからこそ、意味がある。本書では、創造の当事者性という問題が明らかにされ、創造の当事者であることの意味と方法が論じられる。
 人工知能が、あなたより評価される絵を描き、あなたより評価されるコンセプトやアイデアを打ち出し、あなたより評価される小説を書く。そういうことは、近い将来たやすく実現されるだろう。しかし当事者における創造の評価は、定量化したり、他と比較することができない。他人と比較しても意味がないように、むろん、人工知能と比較しても意味はない。人工知能が何をしようが、あなたはあなたなのである。
 あなたは、「それは自己満足ではないか」と思うかもしれない。そうではない。自己満足は、「わたし」の中での閉じた理解や納得を意味する。閉じているので創造体験の実感がない。しかし、自分を納得させるために自分を欺く理論武装だけはする。「自己満足ではないか」と言われることを恐れる状態が、自己満足である。「当事者として外部に接触する」体験は、そのような閉じたちっぽけなものではない。そんなものは吹き飛んでしまう。
 それだけではない。本書での創造は、創ることが困難なものを創る実践的意味を持っている。目の前にゴム製の左手を置かれ、机の下のあなたの左手と同じ位置、例えば、同じ親指、同じ手の甲というように、同時に筆で擦られ、その様子を見せられる、としよう。そういう実験があるのだ。このときあなたは、目の前のゴムの手を、あなたの左手と錯覚できる。異なる感覚、視覚と触覚をマッチングさせることで、ゴムの手に自分の手の感覚を転移させるという「創造」が実現される。そう言ってもいいように思える。
 このような実験の発想は、本書によれば人工知能的だ。異質なものを調整し関係づけることで、異質なものの間を調停し、問題を解決するように「創造」するからだ。目的が設定され、それが実現される。それはアートに基づく創造ではない。
 脊髄が損傷され指の麻痺した患者に、同じゴムの手の実験をしてもらう。このとき何が起こるか。患者は、麻痺した指、すなわち情報の伝達が不可能な指に、触覚を感じるのである。脳は触覚と視覚を整合させようとするだろう。しかし麻痺した指は元々触覚がなかった。触覚と視覚の整合など原理的に不可能だ。おそらく脳は、触覚と視覚のマッチングに努力しながら、それを自ら諦める。その結果、とんでもないことが起こる。麻痺した指における触覚の回復だ。
 ここに見出されるのは「当事者としての脳」である。脳がどのようにして調整を努力し、それを諦め、とんでもない神経系の再編を行なって麻痺した指で触覚を回復させたか、脳・当事者でさえわからず、しかし当事者だからこそ、それを実現したのである。このとき、脳は自らの「外部」と接続し、それまでには想定されなかった新たな神経系を構築する。その結果、麻痺した指の感覚が、戻ったのである。
 本書で扱うアートに基づく創造とは、このような現象を立ち上げることに相当する。結果を目論んで作るのではなく、創造がもたらされるように、物質や「わたし」の当事者性を調整するのである。つまり能動的に創るのではなく、受動的な創造が実現されるように、能動的に調えるのである。それがどのようなことなのか、あとは、本書を読んで確かめて欲しい。
 創造体験は、誰にでも開かれている。しかし簡単ではない。創造体験がなかったという人もいるだろう。そうであるなら、何度も読んで欲しい。そしてぜひ、創造を体験してもらいたい。

郡司ペギオ幸夫〈痕跡候補資格者〉

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