ちくま文庫

祈りの目でカルチャーの中に「連帯」の姿を探る
『増補 戦う姫、働く少女』書評

『アナ雪』『千と千尋』『逃げ恥』など数々のポップカルチャーを通して現代女性の働きかたを分析した文芸批評『戦う姫、働く少女』が、各章増補されてちくま文庫に。テキストレーターのはらだ有彩さんに書評をお寄せいただきました。ぜひご覧ください。

 仕事とプライベートを分けないことを至上とする大阪の広告会社に、私が新卒で入社したのは2009年。当時、地方都市の中小企業の新入社員には、前年のリーマン・ショックをギリギリで躱して会社に滑り込めた高揚と、来たる危機への不安と、その危機に立ち向かうには自己実現しかないという根性論が渦巻いていたという体感がある。土日には勉強会に参加し、望んで残業を続け、オフィスに泊まり、仕事とプライベートを一体化するよう努めた。飲み会で酌を求められ、一緒に残業していた先輩に身体を触られ、一緒に出張に行った顧客にホテルに誘われた。自己研鑽が足りていないという理由で賞与を減らされ、同期入社の男の子に「女の子は好きな仕事した方がいいよ」と言われたとき、私は会社を辞めた。「ああ、私には個人的に根性がなかったのだ」と、男女雇用機会均等法が制定された1985年生まれの私は考えていた。

 なぜ『戦う姫、働く少女』の書評にお前の個人的な年表を書き連ねるんだよ、と思われるかもしれないが、河野さんにかこつけて自分語りをしたいわけではない。私に年表があるように、この世の誰にも必ず年表がある。それは歴史の中で政治経済の、ポピュラー・カルチャーの、フェミニズムの年表と重なっている。だから魔女のキキは男女雇用機会均等法制定の4年後の1989年に、笑顔で自己実現しながら働く様子をテレビで街中の人々に見守られる。シェリル・サンドバーグが『タイム』誌の「世界でもっとも影響力のある百人」のひとりに選ばれた2012年に、富を再分配されない状況を親から受け継いだ『おおかみこどもの雨と雪』は、貧困からの救済よりも承認を渇望する(私が「個人的に根性がなかったから」会社を辞めたのもこの年だ)。エルサとアナがポストフェミニズムの「勝ち組」と「負け組」として対立せず手を取り合った画期的な2013年には、「誰が労働を担うのか?」という問題は現実でも、映画の中でもひとまず先送りにされる。

 これら全ての相互関係を――第二波フェミニズムのあと、ポストフェミニズムということになっている社会と新自由主義がどのように溶け合い、溶け合う時代の空気をクリエイターがどのように吸い込み、生み出された作品を私たちがどのように受け止めたかを――この本は紐づけていく。社会がなるべく政治経済とは関係のない、フェミニズムの独自の躓きであることにしておこうと画策しているのに、クリエイターが意図的に(またはうっかり)描き記した痕跡と紐づけて、読み解いていく。

 もしもこの紐づけが、ただひたすら知的な興奮のみのもとで行われていたとすれば、たぶん、私はむかついただろう。なぜなら連綿と続く社会運動と個人の人生は同時的であり、この瞬間にも残り時間は目減りし、さしあたり日々の生活費を稼ぐために労働しなければならず、その間にも政治経済は絶え間なく女を舐め、ときにはポピュラー・カルチャーも女を舐め、舐められながらもがき、そのもがきが次の歴史上のもがきにフーガ状に繋がっていく中で、フーガ状に終わっていく女性たちの人生は必ずしも知的な興奮だけで満ちてはいないだろうからだ。

 しかしこの本は祈りによって編まれている。ポストフェミニズムと新自由主義が溶け合って時代が進む過程で確かにいくつかの分断が生まれ、だからといって昔に戻ればいいはずもない、という閉塞感に投じる切実な祈りとして、「連帯」という言葉が定義される。「連帯」とは何だろう。河野さんは自分の定義にフェイスブックよろしく「よくないね!」ボタンを押されることをも祈っている。だから私も自分なりの祈りとして「連帯」を定義しよう。連帯とは「他者の願望の切実さを自分の切実さにすること」、「他者の願望が歴史の中で継続して果たされるように手を添えること」、そして「この本を読んだあなたと、連帯について話したいと思うこと」かもしれない。

(はらだ・ありさ テキストレーター)

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