ちくま新書

科学でナットク!の新常識
『70歳までに脳とからだを健康にする科学』ためし読み

健康で長寿になれる正しい方法を、生命科学の最新の知見に基づいて解説する『70歳までに脳とからだを健康にする科学』。脳とからだを健康にする知恵を豊富に紹介しています。本書の冒頭から、ためし読みとして一部の記事を公開します。

 本書は、素晴らしい発展を続けている生命科学の現在を皆さんに知っていただきたくて、私たちに関係する最新の話題を取り上げご紹介する一冊です。特に皆さんはご自分のからだのことや脳と心に興味があるのではないでしょうか。脳とからだを健康にする知恵としても読んでいただけるように工夫しました。

 最初に、生命科学は生物学と違うという話をしましょう。私たちのほとんどは、中学校や高校で生物学を学びます。生物学というのは、動物と植物、そして微生物を主に研究する学問です。特に、小中高の初等中等教育では、身の回りで観察しやすい前二者が中心で、ようやく最近になって小学校でも人間のことを学ぶようになってきました。しかし、微生物の詳しいことなどは大学で初めて学ぶのです。

 ところが生命科学は違います。中心はヒトの生物学ですが、加えて地球上のすべての生物を対象にする学問なのです。手法の中心になっているのはDNA、ゲノムで、医療、進化、食と健康、薬、脳、環境までを幅広く扱います。高校までと大きく異なるのは、これに加えて心理学、倫理学なども加わることなのです。実は、歴史もDNA鑑定で覆るということも最近明らかになっているのです。以下の章に分けて、生命科学の最新の話題と発展のすごさを解説していきましょう。

 第1章ではタンパク質と老化の話です。タンパク質摂取は一生続けなければならず、介護生活にならないためにも筋肉をつける必要があるという話から、タンパク質の異常を伴う認知症の話をします。ここは私の専門なので、最新のアルツハイマー病治療薬の話もしたいと思います。
 第2章は肥満とダイエットを取り上げます。皆さんの人生の中で、ほんのちょっとの体重の増減で苦労された方も多いと思います。なぜ減量が難しいかを説明し、上手な体重管理法を学びましょう。
 第3章では、筋肉と体力について運動と筋肉の関係を学びます。年を取っても筋肉をつける重要性を分かっていただきたいと思います。また最新の「脳腸連関」についても話題として覚えてほしいものです。
 一転して第4章からは、最新の生命科学の話題が並びます。第4章は脳です。私が一般の人と話をするとき、一番話題として挙がるのは老化と脳のことです。脳は、皆さんにとって未知の領域であるだけでなく、解明すべき一番の謎になっているようです。この章では、脳科学の最前線のいろいろな例を紹介します。たぶん皆さんは驚かれるのではないでしょうか。
 第5章はバイオマーカーです。病気の指標となるもののことですが、これが一大産業になっているのです。章の後半では、うつ病に焦点を当ててバイオマーカーの現在を探ります。
 第6章は、本当の最新治療の話です。従来は不治の病と思われていた遺伝性疾患も治療できる時代になってきたということも読者の皆さんに知っていただきたくて、最後に持ってきました。倫理的な問題も生命科学に特徴的なもので、ここで知っていただきたいと思います。

 私は、研究者として三十数年にわたって筋ジストロフィー、アルツハイマー病など主に遺伝性疾患の発症メカニズムや治療法の開発研究を行ってきた純粋の生化学、分子生物学者です。研究のターゲットが医学だったため、この半世紀の医学研究の進み具合も少しは理解しているつもりです。その私でさえ、最近の生命科学の進み具合は目を瞠るようで、この驚くべき進歩を少しでも皆さんにお伝えしたくて筆を執りました。加えて、小学校理科の教科書から高校生物、我が国で初めて作られた大学の生命科学の教科書の編纂にも携わっており、決して研究者の目からだけでなく、広く生命科学一般に目配りしてきたつもりです。本書が、生命科学の今を鳥瞰するようなものになっていれば幸いです。

関連書籍