『はじめての哲学的思考』番外編

第2回 幸せって、なんだろう?
苫野一徳の哲学的人生相談

 第2回目の今回は、2つのご相談にお答えします。

4.自己の欲求というものがよく分からず、意志決定ができないことがしばしばあるのですがどうしたらよいですか @もちお

 『はじめての哲学的思考』にも書きましたが、「自分を知る」ことは、何をおいてもまずは「自分の欲望を知る」ことです。自分はいったい何がしたいのか、どう生きれば幸せなのか。
 でも、この欲望を見つけるのは現代では意外に難しいことです。現代の自由な社会では、「何をやってもいいよ、何をやっても自由だよ」と言われるので、かえって何をやりたいのかが分からなくなってしまうのです。

 さらに僕が問題だと感じていることがあります。
 今の子どもたちの多くは、寒いと感じる前に暖房がつけられ、暑いと感じる前にクーラーがつけられ、退屈だな〜と思う前にテレビがつけられる。それはつまり、自分の欲望に気づく力も、さらにはそれをどうすれば満足させられるかという探究心も、大人によっていわば去勢されてしまっているということです。

 こんな時代に、僕らはどうすれば欲望に気づく力とそれを満足させる探究心を取り戻せるのでしょう?
 『はじめての哲学的思考』では、小説、映画、マンガ、芝居、音楽など、価値観や感受性をゆさぶってくれる作品にたくさん触れるという方法をお伝えしました。そしてその感想や批評を、できれば何人かで交換し合う。
 そうした経験を通して、「ああ、自分はこういうところに心が動くんだな」ということが必ず分かってきます。自分の独自な感受性に気づくこともあります。
 ちょっと迂遠かもしれませんが、これは、自分の欲望を見つめ、自分のことを深く知る、一番確かな方法だと僕は考えています。より詳しくは、『はじめての哲学的思考』をお読みいただければ嬉しいです。

 もう一つ、これはむしろ学校教育に言いたいことですが、これからのカリキュラムの中核を、もっともっと「探究型の学び」にしていこうと僕は長らく主張しています。
 今の学校のカリキュラムは、基本的に、「決められたことを、決められた通りに、みんなで一斉に学んでいく」ものです。でもこれもまた、ある意味ではさっきのクーラーやテレビと同じく、子どもたちの欲求や探究心をいくらか去勢してしまうカリキュラムなのです。

 「やりたいことが見つからない」という若い人はたくさんいますが、その責任は、根本的には現在の教育システムにあると考えています。僕たち大人は、子どもたちの「やりたい気持ち」を殺して、「いいから今はこれをやりなさい」などと言ってきたわけです。

 そんなわけで、これからの学校教育は、子どもたちがさまざまなテーマについて、自分(たち)なりの問いを立て、自分(たち)なりの仕方で、自分(たち)なりの答えにたどり着く、そんな「探究型」のカリキュラムを中軸にしていく必要がある、と僕は考えています。
 そうすれば、僕たちはもっと、自分の欲望を自覚し、さらにはそれを叶えるための意志を鍛えることもできるようになるでしょう。
 以上は学校システムの話ですが、このような「探究」活動は、個人でももちろん十分できます。もちおさんも、よかったらぜひ、何か関心のあることを探究する「探究型の学び」を試してみてはいかがでしょうか?

5.結局幸せとは相対的なものなのでしょうか、それとも絶対的なもの? そもそも絶対的なものって存在する? @たく

 絶対的なものなど(分から)ない。これは、哲学がもう200年以上も前に“証明”したことです。詳細は『はじめての哲学的思考』に書きましたので、ぜひお読みいただければ嬉しく思います。

 幸せは相対的なものなのか? ズバリ、答えは「イエス」です。これはもう、圧倒的に相対的なものです。
 富も名誉も手に入れた人を、僕たちは「幸せだろうな〜」と思います。でも、もちろん必ずしもそうであるわけではありません。バートランド・ラッセルという20世紀の哲学者・数学者は、『幸福論』という本の中で次のように言っています。

もしも、あなたが栄光を望むなら、あなたはナポレオンをうらやむかもしれない。しかし、ナポレオンはカエサルをねたみ、カエサルはアレクサンダーをねたみ、アレクサンダーはたぶん、実在しなかったへラクレスをねたんだことだろう。したがって、あなたは、成功によるだけでねたみから逃れることはできない。歴史や伝説の中には、いつもあなたよりももっと成功した人がいるからである。

 幸せはどこまでも相対的なものなのです。
 でもその上で、確実に言えることがあります。
 『はじめての哲学的思考』にも書きましたが、18世紀の偉大な哲学者ジャン=ジャック・ルソーが次のような名言を残しています。

「不幸の本質は、欲望と能力のギャップにある」

 と。
 これはすばらしい洞察だと思います。そしてこのことが分かれば、どうすれば不幸を抜け出し幸福になることができるかも分かるのです。
 その詳細は、『はじめての哲学的思考』に書きました。ご興味があれば、ぜひお読みいただけると嬉しいです。

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