ちくま新書

教養ある英語の使い手になるために

一番の英語学習法は、王道の学習法。巷に怪しい英語学習法ばかりが跋扈する現代において、本当に身につくものを知ることがまず大切です。英語学習の本質をコンパクトに説く斎藤兆史『めざせ達人! 英語道場』の「まえがき」を公開致します。 本書を読んで、一緒に英語の達人をめざしましょう!

 本書は、教養ある英語を身につけようとする志の高い学習者を対象とする英語独習本である。英語の上達を願う方はもちろん、英語圏の本や映画を楽しみたい方、また自己研鑽をつみたい方、中学や高校の英語の先生方なども対象としている。これを一読しただけで
教養ある高度な英語が即座に身につくと思われては困るが、本書に書かれていることを地道に、丹念に実践すれば、そのような英語が徐々に身についてくる。それなりの覚悟を持ってお読みいただければ幸いである。
 人の営みには基本があり、技芸を成就するための王道がある。しかしながら、基本は単純ながら楽に実践できるものではなく、王道はまっすぐの一本道ながら平坦ではない。そのため、人は時として楽な方策を模索し、「たった数週間で~ができるようになる」、「努力せずに身につく~」、「これぞ目からウロコの学習法」といった謳い文句に誘われて迷路に入り込む。ところが、一旦そこに迷い込んでしまうと、王道に戻るのが極めて難しい。結局は最初から苦労してでも王道を歩んだほうが目的地に早く着くことができる。
 本書の内容を実践するためにどのような心構えで臨んでいただくかを分かりやすく示すために、卑近な例を挙げよう。体重が増えてきたので、減量をしようとする(ちなみに、カタカナ英語の「ダイエット」は英語のdiet[飲食物、食餌、(減量のための)規定食]の誤用なので、英語教師としては極力使いたくない)。ちまたには多くの減量法があふれているが、王道を歩もうとすれば節食をするのが一番である。食欲を抑え、空腹に耐えて、必要以上は食べないように心がける。ありとあらゆる減量法を試し、何をやってもだめだったと嘆く人は多いが、その中に地道に節食を実践した人がどれだけいるだろうか。三日坊主ではだめで、目標の体重になるまで節食をする。基本、極意とはこういうものであるという感覚をまずしっかりとつかんでいただきたい。
 「それは当たり前だけど、そんなつらい思いをしなくてもほかに方法があるはずだ」と思う読者がいらっしゃるかもしれない。しかし、英語学習においても、基本は同じ。当たり前の努力をしてもらうほかはない。もちろん、その基本を実践しやすくするための工夫はできるかぎり分かりやすく提示するつもりでいるけれども、「魔法のような英語の上達」は間違っても望まないでいただきたい。
 また、教養ある英語を身につけて何の役に立つのか、と首をひねる読者もいらっしゃるかもしれない。「役に立つ」という発想と教養とはむしろ対極にあるものである。あえて実用に引きつけるならば、教養を身につけることで人間的な魅力が増し、それが仕事にもプラスに働くという理屈も成り立つ。しかし、それはあくまでおまけのようなものである。ただし、教養ある英語を身につけるべく勉強することでさらに英語が好きになり、その学習が楽しくなるということはあるかもしれない。

 職業柄、高校生相手に講演をする機会を与えられることがあるが、質疑応答の際によく聞かれる質問の一つが、「単語がなかなか覚えられないのですが、どうすればいいですか」というもの。文脈と一緒に覚える、語源を研究する、例文に仕込んで何度も声に出して読む、書いて覚える、などなど、いろいろなアドバイスがあり得るところではある。だが、私はそういう答え方はしない。おそらくそのような質問をする生徒は、簡単に単語が覚えられる学習法を求めていると思われるからだ。そのような生徒に対してそういう答えを返したところで、さほど事態は改善しない。やはりうまく覚えられないといって、すぐにあきらめてしまうであろう。
 私の答えはこうである。どうやったら単語が効率よく覚えられるか、と考えているうちは、やり方を工夫したところでさほど語彙力の向上は望めない。覚えるまでとにかくいろいろやってみるという発想で勉強をすること。目標から逆算するのである。そして、それ
を遂行するには、地道な努力をするしかない。とはいえ、英語力認定・検定試験の点数などを目標にしているようでは話にならない。さらなる高みを目指していただきたい。
 日本の英語教育・学習の歴史は200 年以上に及ぶ。その中でさまざまな英語教授・学習法が提案、実践されてきた。とくに昭和中期以降は、やれ何とかメソッドだ、何とかプラクティスだ、何とかアプローチだと、「科学的」と称する教授・学習法が次々と華々しく登場しては消えていった。もとより巷間には先に述べたような謳い文句の学習法があふれている。だが、そのようなやり方で達人レベルの英語の使い手が生まれたという話はまず聞いたことがない。
 逆に、明治以降、母語話者をもしのぐ英語の読解力・文章力をもって国際的に活躍した学習成功者たちを調べてみると、みな基本に忠実な努力を地道に積み重ねていることが分かる(斎藤、2000 年などを参照のこと)。本書に記す学習法の根底には、そのような英
語学習成功者に関する研究の知見がある。
 本書は、読者が教養ある英語を身につけるための手助けをする本である。しかし、くり返すが、本書を読み終えたときにそのような英語が身についているとは考えないでいただきたい。本書に書いてある学習法を地道に実行し、長い年月を経て教養ある英語の使い手になることを想定していただいたほうがよい。      
 ただしそのためには、逆説的に聞こえるかもしれないが、どうやったら英語が得意になるかと学習法を工夫する段階を脱し、無我夢中で英語学習に没頭する時期を経なければならない。拙著『努力論―決定版』(中央公論新社、2013 年)で論じた「三昧」の境地を経験する必要があるのだ。その三昧境に長く留まった者のなかから、名人上手と呼ばれる人が出てくる。2014 年に将棋の竜王のタイトルを獲得したプロ棋士の糸谷哲郎氏が、その著書『現代将棋の思想』(マイナビ、2013 年)の中で、英語学習にも通じる教訓を書き記している。

 「棋士が聞かれて言葉に詰まる質問と言えば、『どうやったら将棋が強くなりますか?』という類の将棋の訓練法に関する質問である。やれば確実に将棋が強くなるような方法があったらまず自分が実践している、というのも詰まる理由の一つである。
 だが、それ以上に大半の棋士は、自分がどうやって将棋が強くなったか、など覚えていない、もしくはどうやって強くなったのか意識していなかった、ということが大きいだろう。子供の頃、夢中になって将棋を指した、または棋譜並べを行う、もしくは詰将棋を解いた、などの積み重ねによっていつの間にか将棋が強くなっていた、というのが棋士のおおよその共通見解であると思う。(中略)よって、将棋の訓練法としてこれが一番良い、というものは存在しないと思う。
 個人個人の好みと力量に合わせて、実戦だけでも、または棋譜並べや詰将棋に偏っていてもよいが、とにかく熱心に毎日行うことが、上達する秘訣だと思う。」
(「コラム④ 将棋の訓練法」、上掲書146 頁)

 実戦、棋譜並べ、詰将棋は、いずれも将棋の勉強のなかで地道に取り組むべき稽古課目である。英語学習もしかり。次章からいろいろな英語の学習法を紹介していくが、重要なのは「個人個人の好みと力量に合わせて……熱心に毎日行う」ことである。心してページ
を繰っていただきたい。
 それでは、第1 章より本格的に教養ある英語を身につけるための勉強をしていただこう。本書が志ある英語学習者の精進の一助となることを願う。

                               斎藤兆史

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