昨日、なに読んだ?

File18. 小林直己・選:EXILE的、夢と現実を近づけるための本
千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために』、池波正太郎『男の作法』、三浦綾子『塩狩峠』、ANARCHY『痛みの作文』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【 小林直己(EXILE/三代目 J Soul Brothers)】→江本純子(劇作家/演出家)→???

 EXILEに加入して8年が経つ。また、兼任している三代目 J Soul Brothersでは、ただいま新記録となる約150万人を超える動員の全国ドームツアーを行なっている真っ最中である。
 体育会系のイメージが強い僕たちだけれども、実は本好きがメンバーには多い。また、楽曲の作詞をしていたり、ツアーの演出やストーリーに対して、外部の演出家を入れずメンバー自らその物語を発想するなど、文学に造詣が深い人が多い。愛や、夢や、幸せの話から、ときに宇宙にまで範囲は広がったりもする。しかし、それと同時に、ジムでトレーニングをし、5時間リハーサルで踊り、夜はメンバーで集まってよく酒を飲む。そういった両極端が混在するこの集団が僕は好きだし、そんな僕も、本や文章が好きなひとりだ。

 グループで活動するにあたり、個よりも集団が優先されることは多々ある。それは、会社や学校でも同じではないだろうか。その中において、自分自身のアイデンティティーを見失ったり、ときに、自信すら失い、家から出たくなくなることだってあるだろう。僕にも、そんな経験があったりする。
 先日、グループでの活動が落ち着いた時期に、1カ月アメリカに滞在し、日常生活を送りながら役者としてのトレーニングを受けてきた。それは、どこか自分自身を再発見するような期間で、肩に力が入っていた自分に気づかせてくれた。そして、これからの人生、自分自身も大切に生きようと思わせてくれた。
 帰国後、知人から紹介してもらった本『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(千葉雅也、文藝春秋)を読んだとき、まさしくその経験が⾔語化されていた。大人になって、無限の可能性が手に入るけれど、喜んだのもつかの間、それをうまくコントロールできていないと余計に生きにくい。有限性の中でいかに自由になるべきか。自分らしく=バカになるために勉強する、という言葉たちにとても勇気づけられたし、30代を迎え、これからの人生を改めて考えていた僕にとって、ピッタリの内容だった。

 両親から⾔われた⼀番の教えは「⾃分で(稼いで)食べていけるようになりなさい。親はいつか先に死んじゃうんだから」という言葉だった。大人になって振り返ると、その⾔葉は、子どもの自立精神を尊重してくれていたし、そのために必要な人間性や礼儀などは、丁寧に教えてくれていたと思う。
 30代になり、これからの人生をどう生きたいか、と思ったとき、『男の作法』(池波正太郎、新潮文庫)を読んだ。鬼平犯科帳など、数々の時代物の名作を書かれた著者の、飯・生活・人付き合いの作法が対談形式で語られている。昭和を生きた男の姿。今とは状況が違うこともあるのかもしれないが、⾃分と著者を照らし合わせながら読んでいくと、まるで今でいうSNSを読んでいるかのようで、気軽に、でも、その中で“カッコいい男”を学んでいる気がしていて楽しい。そういえば、海外に行くと、ゴミを拾ったり、頭を下げる仕草など、自分の何気ない振る舞いが現地の人に驚かれることがあったりする。自分の中からも、こうした文化の片鱗を見つけることができる。そんな文化がある国に生まれて良かったと思っている。

 読みたいと思う本と出会うきっかけはなんですか?と聞かれることがたまにある。僕にとって、全国ツアーを回る最中、移動中は読書にピッタリの時間である。先日、北海道でのライブがあった際、その北海道が舞台である作品『塩狩峠』(三浦綾⼦、新潮文庫)を読んだ。
 実在する峠での鉄道事故をもとに書かれた話だ。キリスト教を扱っている話ではあるが、一人の人間の成長と挫折が描かれ、それと同時に、人が自然や街といった環境に影響を受けて生きている様子が伝わってきた。読んでいると、実際に訪れることで体感した空気感や寒さが、その小説の臨場感を増してくれた。今ならば4DXで映画を観るのと同じことかもしれない。

 生まれ育った環境は異なれど、人はそれぞれに生きていく術を学んでいく。その中で僕はアメリカ・LAで生まれたダンス“KRUMP(クランプ)”と出会ったことで、世界の見え方が変わった。貧しさや不条理に負けないためには、何かに打ち込む情熱と仲間が必要だと教わった。日本のラッパー、ANARCHYの⾃伝『痛みの作文』(ANARCHY、ちくま文庫)でも同じようなことに触れていた。今、上映している映画『HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY』で僕とANARCHYは共演している。
 人は生きていく上で様々な痛みと出会うけれど、それらは全て、自分を育ててくれる。環境に学び、人と繋がり、音楽に出会ったANARCHYは、感じたことを素直に表現してきたという。それがどれだけ難しいことか。そして、不可能を可能にするために、二つのことを述べる。“自分を信じること”と“絶対にこいつは信じられるってやつを見つけること”。

 言語が呼び起こす想像の世界は、無限に広がっている。六畳間にいながら世界中、いや、宇宙まで旅することができる。それに加えて、題材となった場所に赴いたりすると、自分が体感したことで、著者と時代を超えてリンクできたりもする。言語的バーチャルリアリティ。
 それでは今日も、この後トレーニングして、リハーサルで踊り、夜は酒を飲みながらこの言語的バーチャルリアリティの話をしてみたいと思う。文章を通じ感じた無限の可能性を、僕は肉体を通じ、⼀歩⼀歩現実にしていく。