昨日、なに読んだ?

File114. 世界をゆっくりと変えるために読む本
ナディア・ワーセフ『シェルフ・ライフ』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホやタブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。今回のゲストは、『現実を解きほぐすための哲学』の著者で、國學院大學文学部准教授の小手川正二郎さんです。

 

 せわしない日々を過ごしていると本を読む時間がとれなくなる。自分の仕事とは直接関係のない本であればなおさらだ。そんなとき、お世話になっている後藤絵美さんから彼女が翻訳した『シェルフ・ライフ――カイロで革新的な書店を愛し育て、苦悩した記録』が届いた。エジプトの「ディーワーン」という書店を姉たちと共に立ち上げたナディア・ワーセフさんが書いた本だという。細切れの時間に数ページずつ読み始めたところ、どんどん引き込まれていった。

「カイロで見たことがないような書店をつくりたい」。その夢を実現するために書店を立ち上げ、10店舗に拡大し、『Forbes』誌の「中東で最もパワフルな女性」200人に選ばれる――そんな著者の輝かしい経歴とは裏腹に、実際に綴られているのは、書店での様々な客とのやり取り、検閲局の官僚との交渉、噂好きでさぼり癖のある従業員たちの管理といった地味な話だ。ナディアさん自身についても、人一倍働きながら従業員たちに振り回され、街中で卑猥な言葉を投げかけられたら汚い言葉でやり返し、仕事と家庭は両立できないと断言する等身大の姿が描かれている。ナディアさんをはじめとして、「妻には真の自立をさせないが、娘たちの自立についてはあらゆる点でそれを求める」彼女の父親のような、長所も短所も併せもつ人々が織りなす日常に、自分の身の回りのことを重ねて心動かされるのだ。

 もちろん、エジプトにまったく無知である筆者のような読者には、(巻末の詳細な解説付きの)本書はエジプトや中東についても様々なことを教えてくれる本でもある。例えば、ナディアさんのように外国語学校に通ったエジプト人は、アラビア語ではなく英語や仏語を第一言語とすること、国際的にはよく知られたエジプトの古典文学が古典アラビア語で書かれているために中東地域ではほとんど読まれていないこと、『千夜一夜物語』がその性的表現のため保守層からの非難に度々晒されてきたこと、現代の自己啓発本の起源が古代ギリシャ・ローマの哲学からさらに遡って古代エジプトのセバイトと呼ばれる指南書に見出せるといったことだ。また、現代のエジプトでは大型ショッピングモールの進出によって「かつての「通り」で育まれてきたコミュニティとしての一体感」が失われているといった点には、遠く離れた日本との共通点を感じざるをえない。

 しかし、こうした事柄以上に心打たれたのは、理想を抱いたフェミニストであると同時に妥協や譲歩を厭わないナディアさんが日常生活の只中から汲み取る数々の洞察である。例えば、「書店は私的な空間であると同時に公的な空間でもある」という認識から、ディーワーンは家庭と職場以外の「第三の場所」(サードプレイス)、つまり女性たちが「世界から逃避する場所であるとともに、よりいっそう世界に参加するための場所」として構想される(第1章)。また、役人への賄賂は、政府の硬直したシステムに対する「市民的不服従」として理解される(第3章)。

 とりわけ西洋の植民地主義が残した負の遺産をめぐるナディアさんの指摘は鋭い。植民地支配によって、エジプト人は自分たちの過去とのつながりを断ち切られただけでなく、過去について調べようとするときに植民者たちの著作や言語に依拠せざるをえなくなった(第2章)。また、エジプトでもよく売れる西洋のビジネス本は元々アラビア語圏の読者に向けて書かれていないにもかかわらず、そのことに疑問を抱くエジプトの読者はほとんどいない(第8章)――このことはビジネス本に限らず、自分たちに向けては書かれていない西洋の思想を翻訳・紹介し続ける日本の研究業界にも通じる問題だと思う。

 こうした指摘が知的エリートによる独りよがりな非難となっていないのは、本書を通して市井の人々と共通の弱さを自らの内に認めるナディアさんの姿勢が貫かれているからだろう。彼女は盗みを働いた従業員に対して、その生活の厳しさを思って同情を抱くが、それが彼女の「優しさから来るものではなく、自分の倫理観に対する自信のなさからくるもの」であることを吐露している(第7章)。そしてナディアさんは、自身の家の掃除婦として雇ったサバを、アフリカ系アメリカ人の起業家として名高いサラ・ブリードラブと同様に一人の「女性起業家」とみなそうとする(第4章)。

女性起業家の登場は現代の現象だと思われているのはなぜだろう。歴史的な逸話や文化的な風習は、進歩のためと言って、過去の女性たちが担った労働(家事、職業、その他)を否定し、語られることのない物語として封じ込め、私たちに何が可能かを知らせないようにしている。(172頁)

こうした名もなき女性労働者たちに向けるのと同様のまなざしを、ナディアさんは自らの――二度の離婚やディーワーンとの別離に至る――いくつもの失敗にも向けているように思われる。

 だから不思議と、彼女の奮闘と失敗を読んで、自分が力を尽くしても達成できなかったことや変わらなかったことを重ねても、悲観的な気持ちになるよりはむしろ、自分が励まされているような思いすら抱く。巻末の「著者に聞く」でナディアさんは、「世界のどこにいようと、書店を営む人々は、世の中がゆっくりと変わるだろうと信じる楽観主義者なのだと思います」と述べている。本や言葉の無力さをこれでもかと見せつけられる世界の只中で、私もまた本を読み言葉を綴ることで、自分自身や自分が関わる世界が「ゆっくりと変わる」ことに賭けてみたいという気持ちになる。ナディアさんのお気に入りのベケットから取られた、「失敗したら、もう一度失敗すればいい。ただし今度はうまく失敗するのだ」という言葉を胸に。

 

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