昨日、なに読んだ?

File22. プロ野球死亡遊戯・選:人生の闘いのリングに上がる時に読みたい本
柳澤健『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』、村上龍『走れ! タカハシ』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【プロ野球死亡遊戯(ライター、デザイナー)】→pha(職業不定)→???

 自分にとって読書とは「情報」を得る手段であり、「資料」の収集であり、そして時に「娯楽」である。

 野球コラムを書く際、冒頭で読んだばかりの漫画や観たばかりの映画ネタから入ると、プロ野球にそれほど興味がない人を呼び込むきっかけになる。他に使うことが多いのが、合コンネタ。次にプロレス本の紹介だ。個人的におネエちゃんとプロ野球とプロレスのどれにも興味がない男とは友達にはなれないと思う。自分の場合、野球関連の書籍は楽しむというよりは、情報を得るためにひたすらページをめくる。昔の野球本を紹介する連載もやっているので、参考資料に付箋を貼り、メモを取りながらむさぼるように活字を追う。だから、面白いとか楽しいという感覚とはちょっと違う。場合によっては「俺ならこう書くけどね」なんて思ってしまうからタチが悪い。

 その点、イチファンとして読むプロレス本はもっと無責任に楽しめる。今日もついさっき『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』(文藝春秋)を読み終えた。プロレスラーとはリング上の闘いだけではなく、自己表現と言葉の勝負でもある。どんなに身体がデカくて強くても、観客と感情を共有できないレスラーは人気が出ない。さらに「いかに自分を良く見せるか」と同時に「相手の強さをどう引き出すか」という点も重要だ。普通の会社員でも上司やクライアントに上手くアピールして、同僚や部下の良さを引き出し、自分も出世するのが理想だろう。

 だが、プロレスラーもサラリーマンもいいことばかりはありゃしない。美しい筋肉を身にまとった棚橋も、格闘技の強さで名を馳せた中邑も新日本プロレスファンから支持されるまでには長い時間が掛かった。二人とも所属団体からスター選手が続々と去り、“暗黒期”と呼ばれたゼロ年代に若手時代を過ごし、新世代の救世主を託されるも会社の業績は悪化する一方。だが、彼らは逃げずにそれぞれのやり方で新日本プロレスを立て直すことに人生を懸けるわけだ。それも先輩たちの真似をするのではなく、独自の方法論で。その姿に共感したファンは徐々にブーイングではなく、「こいつらすげーな」と拍手を送るようになる。この本は柳澤健氏の代表作『1976年のアントニオ猪木』や『1984年のUWF』とは空気感が違う。なぜなら、過去を振り返りながらも、その対象が現在進行形だからだ。41歳の棚橋と37歳の中邑は今も現役トップレスラーとしてリングに上がり続けている。読者が最後のページまで読み終えても、彼らのストーリーはまだ「終わり」ではなく「続く」のである。棚橋や中邑のファンはもちろん、会社で自分のポジションに悩んでいる人や、最近のプロレスから離れていたオールドファンの再入門書としてもオススメしたい。

 ちなみに普段、小説はほとんど読まない。なぜなら、小説は野球原稿を書くに当たって“情報”にも“資料”にもなりえないからだ。そんな自分が人生で唯一ハマった小説家がいる。村上龍氏である。その著書はほぼすべて買っていると思う。サイン会に行った唯一の作家でもある。中学生の時に『走れ! タカハシ』(講談社)という元広島カープの高橋慶彦を題材にした短編集を読んでその後の人生が変わった。こんな格好いい文章を書けるようになりたいと、夏休みには文体をコピーして小説の真似事のようなこともやった。

 今思えば14歳の自分は、ロック好きの少年がまるでニルヴァーナやオアシスのCDを聴くような感覚で、村上龍の小説のページをめくっていたのだろう。

 

関連書籍

健, 柳澤

2011年の棚橋弘至と中邑真輔

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村上 龍

走れ! タカハシ (講談社文庫)

講談社

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