昨日、なに読んだ?

File24. 宇波拓・選:空洞な知性とのファースト・コンタクトに備えるための本

ピーター・ワッツ『The Things』『ブラインドサイト』『エコープラクシア』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【宇波拓(音楽家)】→ダースレイダー(ラッパー)→???

 ジョン・カーペンターの『The Thing』(遊星からの物体X) を物体X目線で描いた短編があるという噂を耳にしたのが、ピーター・ワッツとの遭遇だった。その『The Things』WEBで全文を読むことができて、「SFマガジン」2014年4月号では嶋田洋一氏によって訳出もされている。スタートレックDS9に登場するオドーのような、不定形の意識連続体であったとおぼしき「物体X」は、入り込んだバイオマスのなかに「存在」が見いだせないことに困惑し、皮膚で輪郭を形作られ、外部から隔絶されたタンパク質のネットワークが「意志」を持っているかのようにふるまうことに恐怖する。タイトルそのものが、この惑星にいる二本足の有機体こそが理解不可能な物体Xにすぎないというアイロニーであるこの作品は、主客の転倒したファースト・コンタクトSFともいえるが、同時に、われわれ地球人の存在が虚無でしかないことを示唆する悲観論的恐怖小説でもある。
 海洋哺乳類学の博士号を持つ生物学者でもあるというピーター・ワッツは、科学に裏付けられたハードSFの体裁をとりつつ、存在が不確かになる領域をあつかい、読み手を暗黒の虚空へと突き落とす、ホジソン、ラヴクラフト、リゴッティの系譜につらなる作家であるようにおもう。
 邦訳で読める長編連作『ブラインドサイト』『エコープラクシア』(共に嶋田洋一訳、創元SF文庫)は、突然地球全土の上空にあらわれ、この惑星全体をスキャンした異星からの探査機を追うため、吸血鬼、半脳人間、ひとつの身体を共有する四人格など、じつにユニークな構成員からなる調査団が組織されるという、一見エンタメSFとして読めてしまいそうな設定ながら、その実、「意識」の問題にふかく踏み込んだ深淵な哲学的思考実験である。幾多のSF作家たちが、生命や時空の概念がまったく異なる異星人とのファースト・コンタクトというテーマに取り組んできた。『ソラリス』『天の声』『フィアスコ』でレムがえがいたのも、異星間におけるコミュニケーションの不可能性である。宇宙人と幽霊どちらが怖いかについての論争は、この惑星の概念がまったく通用しない可能性が高いという点において、どうしたって宇宙人に軍配があがる。つい先日は、宇宙人の幽霊がいちばん怖いのではないか、という結論になったが……(それかマタンゴ)。
 そういえば『メッセージ』はじつに惜しい映画だった。言語の差異が世界の差異になってしまうが故のディスコミュニケーションを描いているはずなのに、なぜかエモーションは共有できてしまうことの違和感(それから、翻訳不可能なはずの宇宙人語に字幕をつけるのはさすがにナシだとおもう)。いや、たしかに、もしいくら形態が異なっているとしても、それが「意識」である限り、学習や、魂の交感によってその差異を縮めていくことはできるかもしれない。しかし『ブラインドサイト』において地球文明が遭遇する知性には、そもそも「意識」が存在しないことが次第に明らかになる。
 作者自身が巻末の参考文献で明らかにしているが、ここにはドイツの神経哲学者トーマス・メッツィンガーの影響が見てとれる。主著『Being No One』と、それをややかみ砕いた、こちらは邦訳もある『エゴ・トンネル』で展開されるのは、「自己とはなにか」と問い続けてきた哲学に対する壮絶なちゃぶ台返し、すなわち「自己などそもそも存在したことがない」という議論である。「自己」とはつまり、器官からの信号によって発火した脳神経作用の集積、つまりは「意識」が、認識器官を透明化し、信号を束ねる過程で生成したまぼろしにすぎない。
 高度な知性をもちながら、しかし、がらんどうの宇宙人との遭遇は、そのまま物体Xによる地球人との遭遇にリンクする。地球人は自分たちが空洞であることを知らなかっただけで、空洞と空洞が出会っただけに過ぎなかった。われわれは、現れて消えていくのではない。現れず、そして消えていくのだ。人型をした肉の袋が信号に対して反応し、その無数の行動が文明のようなふりをしている。若干からくりが複雑な腹話術人形が歯をカタカタいわせている……。なんとも陰鬱になってしまうが、ピーター・ワッツは夢野久作『ドグラ・マグラ』とも、伊藤計劃『ハーモニー』とも共鳴する稀なる暗黒のメッセンジャーであり、感動を超えた強烈な読書体験をもたらしてくれた。
 ピーター・ワッツはこの二作に先行して、海中活動を可能にするための改造をうけた、深海発電所労働者を主人公にしたという『Rifters』三部作を著している。ラヴクラフトファンには垂涎ものの深海テーマということで、ぜひ読んでみたい。

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