昨日、なに読んだ?

File62.「究極の恋愛小説」にトラウマのある私が、恋愛幻想に浸りたいときに読む本

ブノワト・グルー『愛の港』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。

 同世代の文学青年たちは村上春樹が好きだった。ことに人気があったのは「究極の恋愛小説」という帯をつけて売られていた『ノルウェイの森』で、20代前半のころ少し気に入っていた男の子にすすめられ、私も読んだ。読んで、「え、こういう恋愛がしたいの?」と大きな衝撃を受けた。

 信じられないくらい受け身な主人公の男の子に、周りの女の子が性的なサービスから何から何までお膳立てしてやる物語で、私には登場する女の子たちの行動がまったく理解できなかったし、登場人物の誰にも感情移入できなかった。この本を私にすすめた男の子に気の利いた感想を言って気に入られたいという気持ちと、この本をまったく好きになれないという本心に、私は引き裂かれた。

 申し遅れたけれど、私は駆け出しの仏日翻訳者だ。先日訳したフランスのフェミニズムエッセイ、ヴィルジニー・デパント『キングコング・セオリー』に、こんな一節があった。「男の作家は自分が寝てみたい女のことしか想像できないから、男が書く小説に私たちの居場所はなかった」。『ノルウェイの森』を読んだころ、私はまだデパントを知らなかったけれど、あのとき感じたのは、まさにこういう気持ちだった。

 そんな私にも20代のころから愛読している恋愛小説がある。フランスのフェミニスト、ブノワト・グルーの『愛の港』(阪田由美子訳)だ。恋愛小説と言ったけれど、『ノルウェイの森』以上に性描写の多い、いわば「性愛小説」である。性と愛の喜びに満ちた小説で、大好きだ。

 主人公は、パリのブルジョワ娘ジョルジュ。10代のある夏、ブルターニュの農家の息子で幼なじみのゴーヴァンと恋に落ち、結ばれる。しかし、ふたりの住む世界はあまりに違う。大人になるとジョルジュは「女性と革命」に関する論文など書く歴史学の教授となり、ゴーヴァンは漁師となって、それぞれ別の相手と結婚し、別々の人生を歩んでいく。 それでもふたりはお互いのことを忘れることができず、数十年にわたって逢瀬を重ねる。
なんの共通点もないふたりを結びつけ、お互いをかけがえのない存在にしているのは、セックスであり、愛である。この小説には、愛しているからセックスする、愛しているからセックスが気持ちいいという、性と愛が完全に一致し、かつ性や愛が男女の支配や搾取の道具にならないユートピア的な世界が描かれている。
 
 語り手であり、おそらく著者の分身である主人公ジョルジュは、女が自分の言葉で性を語るということについて、小説のなかでつねに考えている。

欲望を表現し、満たし、蘇らせるこれらの突起あるいは窪みを、私としてはどう表現しよう。<いく>という言葉でどうやって人を感動させられるだろう。
(…)
性的快楽を伝達する器官にいたっては、作家はあらたな暗礁に乗りあげる。女性作家ならなおさらである。
「ジャン=フィルの陰茎は硬直し、今にも張り裂けんばかり……メルロスの男根はこれ見よがしに悠々とそそり立ち……副社長の睾丸(…)」
どうしたら滑稽にならずにすむだろう。

 そうかと思うと、ジョルジュはひどくロマンチックなことも言う。妹に、ゴーヴァンへの思いを綴った詩を「ずいぶん少女趣味ね」とけなされた時は、「私はすばらしい詩だと思う。少女趣味? 愛されるために男のもとへ駆けつけるたびに、女は少女に戻るのではないだろうか」と心の中で反論したりする。

 一時期、私はこの小説を愛しすぎて会う人会う人にすすめていたのだけど、そのなかでもらった感想のひとつに「少女趣味」というものがあった。少女趣味、いいじゃないか。恋愛に浸りたいという気持ちを抱きながら、性や愛、相手の男と自分との関係について、男たちの言葉とは違う自分の言葉で考えてみたいと思う主人公が、私にはとてもリアルに感じられる。

 著者のグルーは小説の中で男女の力関係を逆転させている。ジョルジュとゴーヴァンのうち、教養も社会的地位も、経済力も持っているのはインテリ女ジョルジュのほうだ。ジョルジュは恋愛のために自分の人生を犠牲にしたりしないし、そうしなければならない羽目に陥ることもない。そもそもゴーヴァンは、けっしてジョルジュより優位に立とうとしないのだ。ジョルジュを無条件に愛しているから、ジョルジュの成功はゴーヴァンの誇りだ。

 ひと言で言えば、彼は私の成功に感動してくれていたのだ。彼が本当に私を愛してくれていなければこうはいかない。相手の自尊心を傷つけることなく、もしくは恨みを買うことなく自分の優位を示せるのは、相手が本当に自分を愛してくれているときだけだ。

 ジョルジュとゴーヴァンの力関係はフランスの階級社会を前提にしたもので、その意味では対等な関係とは言えない。
 
 それでも、こんなに成功した知的で自意識過剰でセックスが好きな女が、男から無条件に愛され、最初から最後までまあまあいい目にあう小説なんて、ほかにあっただろうか。自分を曲げない女が罰されず、愛され、性を謳歌しまくる、現実にはありえない「ご都合主義」の小説に、私は感動してしまうのである。

『ノルウェイの森』は1987年に日本で出版され、『愛の港』はその翌年、1988年にフランスで出版された。男に都合のいい小説と、女に都合のいい小説。読み比べてみてほしい。
 

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