世界の「推せる」神々事典

セクメト【エジプト神話】
――人類を全滅させかけた恐るべき女神

神話学者の沖田瑞穂さん連載! 世界の神話に登場する多種多様な神々のなかから【主神】【戦神】【豊穣神】【女神】【工作神・医神】【いたずら者の神/トリックスター】【死神】解説する企画です。あなたの「推し」神、どれですか?! 今回はエジプト神話から。

◆時に慈しみ、時に躍動する【女神】/女神

その名は「力強き女性」を意味し、名前の通り強大な力を持つ。破壊的な側面と守護および治癒の側面という相反する性質を併せ持つ。ライオンの頭部と人間の身体を持つ姿で表わされることが多い。猫の姿のバステト女神や、母なる女神ムトと関連づけられることもある。カルナクのムト神殿には大量のセクメト像が配置されている。彼女は早くから太陽神ラーの娘として位置付けられた。

◆父神ラーの「眼」が人間と戦った

セクメトの神話は父神ラーと結びついている。ラーははじめ、自らが創造した世界を地上から支配していた。彼の統治は一種の黄金時代であった。彼は毎朝ヘリオポリスのベンベンの丘の館から出て、王国の十二の州を進み視察した。しかしこれは人民にとって弾圧的で、しばしば彼らは反乱を起こした。しかしラーは強力であったので、人々はすぐに鎮圧されるのであった。反乱軍はある時、ラーの宿敵である蛇のアペプと共謀したが、一日中戦って、制圧された。

やがてラーは老齢に悩まされるようになった。そこに付け入るように反乱軍が立ち上がった。反乱軍を抑えるため、ラーは彼の「眼」を派遣した。「眼」はセクメトの姿となって人間を殺戮し、滅亡させる勢いであった。ラーはそれを望んでいなかったので、赤い色の大量のビールを作り、セクメトに飲ませた。これによりセクメトは人類滅亡の計画を捨てた。

砂漠の熱風は「セクメトの息」、疫病は「セクメトの使者」と呼ばれた。また王権と関連づけられ、セクメトが王を身籠ったとする話がピラミッド・テキストに現われる。

◆インドの女神ドゥルガーとの類似点

恐るべき女神としてのセクメトは、インド神話のドゥルガーと比較できるところがある。ドゥルガーは『デーヴィー・マーハートミャ』(女神のいさおし)という文献によると、神々が発した熱光から生み出された。神々の身体から熱光が発生し、それが一つの輝きにまとまり、そこから女神が誕生したのだ。彼女は神々から様々な武器を与えられ、神々の敵であるアスラの王マヒシャと戦い勝利をおさめた。

ところでセクメトはラーの一部である眼が変化したものであった。一方ドゥルガーは男神たちの一部である熱光から生まれた。いずれも恐るべき女神の出自が男神に求められている。また、ドゥルガーは白いライオンを乗り物(ヴァーハナ)としており、この点でもライオンの姿のセクメトに近い性質を示している。

メソポタミアの豊穣と戦争の女神イシュタルがライオンを従えているのも、セクメトやドゥルガーに似ていると思われる。

女神はその本質として生を司る。しかし生み出したならば、それらの生命に責任を持たねばならない。生み出しただけだと、世界に生命があふれて秩序が成り立たないからだ。生んだからには、死を与えねばならない。それが神話の論理なのだ。セクメトやドゥルガーなどの「恐るべき女神」の存在にはそのような神話の論理が反映されていると見ることができる。
 
◆ネコと女神からよみとく

セクメトはライオンというネコ科動物であり、同じネコ科である猫のバステトと関連が深く、さらには母神ムトとの結びつきを考えると、ネコ=母神=吞みこむ恐るべき女神、という観念連合を導くことができる。

同じ観念連合では、北欧の神話で、豊穣の女神フレイヤが猫の牽く車に座すとされる。フレイヤは美と豊穣と愛の女神であるが、他方でセイズという不気味な魔術を用いる女神でもある。すなわち、ネコ=豊穣の神として母神=セイズを用いる吞みこむ恐るべき女神、という図式になるのである。

(参考文献;ヴェロニカ・イオンズ著、酒井傳六訳『エジプト神話』青土社、1991年。
松村一男、森雅子、沖田瑞穂編『世界女神大事典』原書房、2015年、「セクメト」の項目(田澤恵子執筆)。
リチャード・ウィルキンソン著、内田杉彦訳『古代エジプト神々大百科』東洋書林、2004年)

関連書籍

沖田 瑞穂

世界の神々100 (ちくま新書, 1774)

筑摩書房

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