ちくま新書

バイオレンスとエロスに満ち満ちた100神降臨!
『世界の神々100』はじめに

世界の神話に登場する多種多様な神々100神を集め比較、解説した『世界の神々100』。どうやら神話は、知れば知るほど「沼る」らしい…それは神話が○○だから……。読まずにはいられない、〝神様ハンドブック〟の導入部をどうぞ!!

私は神話学者である。日本でも数人しかいない、このめずらしい学問に取り組んでいる私が、最も好きな神は誰かと聞かれたとき、「ドゥルガー女神」と答えることにしている。インドの女神で、美しく強く、悪魔たちを圧倒する力を持つ最強の女神だ。カーリーという恐ろしく醜い女神と表裏一体であることも、ドゥルガーを好きな理由だ。神話的観念において美醜は表裏一体である。ドゥルガーやカーリーを見ていると女性として生きる力が湧いてくる。

私の足場はインド神話にある。そこを中心に、世界の神話との比較をする。そこで世界中の神話に目を通すことになる。すると、世界には地理的に遠く隔たっていても似た神々がいたり、逆に地域ごとの特徴的な神々がいたりすることに気づく。

世界にはさまざまな神々がいる。世界を統べる王者、戦闘を司る戦神、地上に豊穣をもたらす生産の神、そして女神たち。また、技術や医術を司る神、意図せずに世界に秩序をもたらすトリックスター神や、人間の死を司り冥界に君臨する死神もいる。

本書では世界の神話に登場する主要な神々を100神ピックアップした。選考基準はあくまで筆者の独断であるが、似た神が重ならないようにという点に配慮した一方で、地域を越えても不思議に似ている神がいるというのも神話では面白いところなので、そういったことも記述している。地域も偏らないように工夫した。

もしかすると読者の中には、神話とは美しく清らかで高尚な話だと思われている方がいるかもしれない。しかしその思いは、神話を知れば知るほど裏切られていく。神話は、道徳でも倫理でもない。逆に残酷さにあふれていたり、汚かったりもする。原初の荒々しい暴力的なまでの力を描かずして、神話の世界創造はあり得ないからだ。それは世界創造以外の神話にも当てはまる。神話とは、残酷なものなのだ。さらに言うと、神話はエロスに満ちている。原初の時のエロスが、世界創造の役割を果たす場合もあるのだ。暴力とエロス。神話は決してきれいごとではない。

本書では神話の神々を紹介していくが、分類はすでに挙げたように、基本的に神の職能別に以下の七つに区分してある。それぞれを章構成としている。

1 主神;

ゼウス

創造神、最高神などをここに分類した。創造神は最高神ではない場合もある。つまり、創造したからにはその役割をすでに終えており、以降人々の前に現れることもなく、隠れ世に隠遁するという場合だ。その後の世界を支配する最高神、主神は創造神の子孫である場合もあるが、そうでないこともある。

2 戦神・英雄神;

トール

戦場において力を発揮する神をここに分類した。ひとことで戦神といっても、野性的な戦神、文明的な戦神、戦闘によって世界の秩序を作り出す戦神など、さまざまなタイプがある。女神がここに加わっている場合もある。美しくおとなしいだけが女神ではない証である。

3 豊穣神;

フローラ(左端)

豊穣を司るフレイのような神の他、自身が植物そのものであり、植物のように年ごとに死んでは再生することを繰り返すドゥムジ・タイプや、死んでその身体から有用植物を発生させるハイヌウェレ・タイプ(トウモロコシ娘タイプ)などがある。

4 女神;

ドゥルガー

他の分類にも女神が入っているが、分類に収まりきらないものをここにまとめた。母なる「生む女神」がある一方、命を吞みこむ、死をもたらす「恐るべき女神」もある。しかしこの両者は実は一つの「生と死」の女神の異なる現われでしかない。神話において生と死は分かつことができない、表裏一体のものであるのだ。

5 技巧神・医神;

ヘパイストス

工作の神は創造神として大なる力を持つこともあれば、神々の工匠として一段下に控える立場であることもある。医師は、古代世界において「穢れた職業」として蔑まれていたこともあり、医神もまたその地位は低い。しかしながら技術や医術の神は、現代においてその意義を見直す時に来ているように思われる。

6 トリックスター(いたずら者の神);

スサノオ(右)

善とも悪とも言い切れない、いたずらばかりしているが、そのことによって意図せずに社会の秩序を壊して再構築させるなど、さまざまなはたらきをする、トリックスター。男性や雄の動物であることがほとんどだが、日本のアマノサグメなど、女神である例もまれにある。

7 死神;

アヌビス(右端)

いったんその世界に入れば帰ってくることはできない、死の国。その峻厳な掟を守護するのが死神たちだ。しかし死の国は、不毛であるばかりではない。死の国は地下であるとされることが多いが、地下界はまた豊穣の源でもある。したがってオシリスのように、冥界神でありかつ豊穣神でもあるという例もある。

読者は、興味のある章から、あるいは気になる神から、など自由に好きな所から読み進めてもらいたい。解説は各項完結であるので、どこから読み始めてもらっても構わない。巻末には神の名で引ける索引を付した。

なお上に示した1から3の三つは、フランスの比較神話学者デュメジルが提唱した、インド= ヨーロッパ語族の神々に適用される三区分である。1は聖性・主権・法を表わす第一機能、2は戦闘における力を表わす第二機能、3は生産性・豊穣を表わす第三機能と呼ばれるものである。明確に三区分の世界観を持つのはインド= ヨーロッパ語族のみであるが、その分類自体は他地域にも有効と考えて、ここに応用した。

当然のことながら、世界には多くの神々がおり、それぞれの特徴や職能を持つ。そのすべてを本書に収めることは不可能であるし、分類も万能ではない。しかしここで取り上げる神々とその分類によって、世界の神々の性質や傾向をわかりやすく示すことはできたと思う。

また、コラムにおいては、項目として取り上げなかった「神話に出てくる人間」について見ていくことにする。人間もまた、神話の中でおもしろい役割を持っている。

本書によってさらなる神話の世界に踏み出していただけたら、これほど嬉しいことはない。
ーーー
目次(取り上げる100神一覧)

第1章 主神――世界を司る神々

アフラ・マズダー【ゾロアスター教】/アマテラス【日本】/
ヴァルナ【インド】/ヴィシュヌ【インド】/
ウルゲン【シベリア】/オーディン【北欧】/
オリシャ【アフリカ】/シヴァ【インド】
ゼウス【ギリシア】/ダグダ【ケルト】/
タネ【ポリネシア】/ディヤウス【インド】/
テシュブ【北メソポタミア】/テスカトリポカ【メソアメリカ】/
ビラコチャ【中央アンデス】/ブラフマー【インド】/
マルドゥク【メソポタミア】/ラー【エジプト】

第2章 戦神・英雄神――勇猛果敢な神々

アテナ【ギリシア】/アレス【ギリシア】/
イナンナ/イシュタル【メソポタミア】/
インドラ【インド】/ウィツィロポチトリ【メソアメリカ】/
ギルガメシュ【メソポタミア】/スカンダ【インド】/
タケミカヅチ【日本】/トール【北欧】/
ハヌマーン【インド】/ヘラクレス【ギリシア】/
モリーガン【ケルト】/ヤマトタケル【日本】
ラーマ【インド】

第3章 豊穣神――恵みをもたらす神々

イアシオン【ギリシア】/イズン【北欧】/
インカリ【インカ】/エンキ/エア【メソポタミア】/
オオクニヌシ【日本】/カーマ【インド】/
后稷(こうしょく)【中国】/コーン・メイドン【北アメリカ】/
ディオニュソス【ギリシア】/デメテル【ギリシア】/
テリピヌ【アナトリア】/ドゥムジ【メソポタミア】/
バアル【ウガリット】/ハイヌウェレ【インドネシア】/
ヒルコ(エビス)【日本】/フレイ【北欧】/
フローラ【ローマ】/マヤウエル【メソアメリカ】

第4章 女神――世界を慈しみ躍動する 

アメノウズメ【日本】/イシス【エジプト】/
イワナガヒメ【日本】/ウマイ【シベリア】/
カーリー【インド】/ガンガー【インド】/
シュリー【インド】/女媧(じょか)【中国】/
スセリビメ【日本】/西王母【中国】/
セクメト【エジプト】/セドナ【ネイティブ・アメリカン】/
ティローッタマー【インド】/テティス【ギリシア】/
ドゥルガー【インド】/トラルテクトリ【メソアメリカ】/
ヒナ【ポリネシア】/フレイヤ【北欧】/
ヘラ【ギリシア】/メリュジーヌ【ケルト】

第5章 技巧神・医神――ものづくりの神々

アシュヴィン【インド】/アスクレピオス【ギリシア】/
アポロン【ギリシア】/ヴィシュヴァカルマン【インド】/
ディアン・ケーフト【ケルト】/トヴァシュトリ【インド】/
プタハ【エジプト】/プロメテウス【ギリシア】/
ヘパイストス【ギリシア】/

第6章 トリックスター――いたずら者の神々

アイヌラックル【アイヌ】/アマノサグメ【日本】/
クリシュナ【インド】/ケツァルコアトル【メソアメリカ】/
スサノオ【日本】/セト【エジプト】/
ヘルメス【ギリシア】/マウイ【ポリネシア】
ルグ【ケルト】/レグバ【アフリカ】/
ロキ【北欧】/ワタリガラス【アラスカ】

第7章 死神――最も恐るべき神々 

アヌビス【エジプト】/イザナミ【日本】/
エレシュキガル【メソポタミア】/オシリス【エジプト】/
ハデス【ギリシア】/ヘカテ【ギリシア】/
北斗星君【中国】/ミクトランテクトリ【メソアメリカ】/
ヤマ【インド】

コラム

アダパ【メソポタミア】/タジマモリ【日本】/マーダヴィー【インド】

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