◆最も恐るべき神々【死神】/男神
死を司る。彼が持つ帳面には人間たちの寿命が記されているとされる。生を司る南斗星君と対になっている。
◆碁を打つ二人と少年の寿命
短命の少年が北斗星君に寿命を延ばしてもらった神話が伝えられている。
顔(がん)少年は物知りの管輅(かんろ)に「おまえの寿命は二十を前に尽きる」と言われ、寿命をのばすための方策を教わった。少年は酒と干し肉を用意し、大きな桑の木の下で碁を打っている二人の男の側に行き、黙って酒をつぎ、肉を差し出した。二人の男は碁に夢中で少年に見向きもせずに酒を飲み肉を食べた。
碁を打ち終わると、北側に座っている男が少年に気づき、「どうしてこんなところにおるのだ」と叱った。少年は頭を下げるだけで何も答えなかった。あらかじめ管輅に、「何を言われても決して口をきいてはならない」と注意を受けていたからだ。
すると南側に座っている男が、「さっきからずっとこの子の酒や肴をごちそうになったのだから、つれなくしたらかわいそうだよ」ととりなした。南側の人は北側の人から台帳を受取り、そこに「寿命十九前後」と書いてあるのを見ると、筆を執って十と九を逆さまにする符号を入れた。こうして少年の寿命は九十になった。
北側に座っていた人は北斗星君で、南側に座っていた人は南斗星君である。南斗は人間の生を扱う星で、北斗は人間の死を扱う星である。
◆碁盤、碁石、無口のメタファー
北斗星君と南斗星君が碁をしていたというところには意味がある。まず碁盤は中国の人々にとっての理想の世界像である。碁盤の目のように整然と区画されているのが理想とされたのだ。
その世界そのものである碁盤に白と黒の石を打っていくのであるが、この石は陰陽の気を表わしている。白が陽の気、黒が陰の気だ。世界のあらゆるものはこの陰と陽の気から成り立っているとされる。そしてその陰陽を表わす石を世界そのものである碁盤に打っていく、これはすなわち「世界そのものを動かす」営みなのだ。
顔少年は管輅に「決して口をきいてはならない」と禁止を課され、それを守ることで彼は寿命を長くしてもらうことに成功した。この禁止は、碁という世界を動かす「聖」なる営みの最中に、人間である顔少年が「俗」を持ち込むことがないように、との意味が込められている。「聖」と「俗」は隔てられなければならないが、顔少年はその境界にいた。そこで、その境界を守るために、「口をきいてはならない」という禁止が必要だったのだ。
◆沖縄の神話にも
この中国の話と似た話が沖縄にも見られることが報告されている。
ある子どもが、物知りの人に貴方の寿命は18歳までと言われる。寿命を延ばすために、家族揃って山奥で囲碁をする二人の老人にご馳走を持って行く。そのご馳走に気づかずに二人は碁を打っているが、朝になり人のご馳走を食べていることに気づき、そのお礼として寿命を管理する帳面の記録を88歳までとする。二人の老人は寿命を管理する南斗星と北斗星である。
この話は中国から沖縄までは伝わったが、日本の本土には伝わらなかったようである。
(参考文献;伊藤清司『中国の神話・伝説』東方書店、1996年。
丸山顕徳『口承神話伝説の諸相』勉誠出版、2012年。
大室幹雄『囲碁の民話学』岩波現代文庫、2004年)