世界の「推せる」神々事典

ヤマトタケル【日本神話】
――悲劇の英雄

神話学者の沖田瑞穂さん連載! 世界の神話に登場する多種多様な神々のなかから【主神】【戦神】【豊穣神】【女神】【工作神・医神】【いたずら者の神/トリックスター】【死神】を解説する企画です。あなたの「推し」神、どれですか?! 今回は日本神話から。

◆勇猛果敢な神々【戦神】/男神

『古事記』中巻などに語られる英雄。景行天皇の息子でもとはヲウスノミコトという名であった。兄を殺害した事件から父である天皇に疎まれ、西方のクマソタケル制圧を命じられる。ヲウスは叔母のヤマトヒメから借りた女性の衣服を着てクマソタケル兄弟の宴席に侍り、油断した兄を斬り殺した。弟のクマソタケルを殺そうとしたとき、彼から「ヤマトタケル」の名前を捧げると言われ、以降その名を名乗るようになった。

◆草薙剣を携えて東方征伐へ

ヤマトタケルがクマソタケル征伐を終えて都に帰ると、父の景行天皇はすぐに東方征伐を命じた。ヤマトタケルは軍兵もつけずに出征させられることを嘆いたが命令に従った。叔母のヤマトヒメは彼に草薙剣と一つの袋を与えた。この剣はスサノオ神がヤマタノオロチの尻尾から発見してアマテラスに献上し、代々の天皇に受け継がれてきた剣であった。

ヤマトタケルが相模に至った時、国造(くにのみやつこ)に欺かれて野に火をつけられたが、草薙剣で草を刈り払い、叔母からもらった袋の中の火打石で向かい火をつけ、国造どもを成敗した。

走水(はしりみず)の海を渡ろうとしたとき、海の神が波を立てて船を進めることができなかった。后のオトタチバナヒメが生贄となって海に入り神を和めた。

さらに東方へ進み、荒ぶる神や人を成敗し、尾張で結婚の約束をしていたミヤズヒメのもとに立ち寄った。ヤマトタケルはミヤズヒメのもとに草薙剣を置いて、素手で山の神を討ち取ると言って出かけた。山で神の化身である白猪に出会ったが、これを神の使者と誤認した。ヤマトタケルは病を得て、大和へ向かう途中能煩野(のぼの)で四首の歌をうたって死去した。その魂は大きな白い鳥となって天へと飛び立った。

◆対照的な父子関係

『古事記』のヤマトタケルは父に愛されず恐れられ、都から遠ざけられて各地で戦いを強いられた悲劇の英雄である。他方、『日本書紀』では、ヤマトタケルは父から愛情を受けて信頼されており、父子の関係はきわめて良好である。二つの文献において、父子の関係が正反対に描かれている。

『古事記』において、父の愛を得られず嘆き、故郷を想うヤマトタケルの姿は、スサノオに重なるところがある。スサノオは生まれた時から母を恋しがって泣き、世界を混乱に陥れたが、ヤマタノオロチを退治することで世界の秩序化に貢献もしている。親への叶わぬ想いと、武力による世界の秩序化という点で、両者は共通の要素を持っている。

◆名を授かること/神話と剣

ヤマトタケルが弟のクマソタケルから名を授かるということに関して、倒した相手の名の一部を名乗ることになるわけだが、似た話がインドにもある。チャームンダーと呼ばれる恐るべき戦女神の名であるが、これはチャンダとムンダという悪魔の将軍を殺したので、その悪魔たちの名前から取って、ドゥルガー女神がチャームンダーと命名したのである。チャームンダーはカーリーという名の女神としてもよく知られている。

ヤマトタケルは剣の英雄である。剣と共に戦い、その剣を手放した時に運が尽きて命を落とした。とくに剣を手放してから死に赴くことに関して、アーサー王やインド神話のアルジュナと似ている。アーサー王は名剣エクスカリバーを湖の乙女に返して、それから死の世界でもあるアヴァロン島に去っていった。アルジュナは神弓ガーンディーヴァを本来の持ち主である水神ヴァルナに返してから死出の旅に出た。英雄と武器の強い結びつきを示す話である。

(参考文献;吉田敦彦編『世界の神話 英雄事典』河出書房新社、2019年、「ヤマトタケル」の項目(古川のり子執筆箇所))

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