僕はこんな音楽を聴いて育った

ぼくらにはこんな友達がいた、あんなことがあった 

『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』(大友良英著 刊行記念対談)

大友良英著『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』刊行を記念して、大友さんと作家・高橋源一郎さんに、この本の魅力、ここから思い出すことなどを語り合っていただきました。 前編は、友達との交流の中で、いかに学んできたかという話、後編は今までめったに語られてこなかった大友さんの弟子時代の話です。2017年10月20日、青山ブックセンターにて。

■植草甚一を通して聴いていた

高橋 いま外に(青山ブックセンター本店での10~11月にあったコーナー)大友さんの選書があるじゃないですか。結構良い本があるんですが、例えば、殿山泰司さんはディープなジャズファンでもあるし、性格俳優でしょう。僕だったら絶対あそこに植草甚一という名前が……。

大友 そうですよね。わかります。

高橋 ご存じの方も多いと思いますが、植草さんは1960年代にブレイクして、僕たちにとってアイドルでした。要するに、僕らのような、団塊ちょっと後の60年代後半に文化を浴びて育った世代は、思想は吉本隆明で、趣味は植草甚一という感じの子が多かったですね。

大友 植草さんはのちに『宝島』になる雑誌『ワンダーランド』を作ったんですよね。

高橋 そうそう、『ワンダーランド』『宝島』には片岡義男さんも書いていました。植草さんはジャズからロック、外国文学というものを独力で輸入していたでしょう。いまみたいにインターネットもないし。だから僕たちは、情報はたいてい植草甚一経由でした。

大友 それはわかります。ここに植草さんが出てきていないのは、植草さんは、高校時代までよく知らないんです。だけど東京へ出てきたときに、周りで「植草甚一」と言っているヤツがいて。植草さんはテレビにも出ていた。

高橋 その頃は白髪のおじいさんですね。

大友 そうですね。植草さんの本を読むと、チャーリー・ミンガスやアルバート・アイラーが出ていた。読んだのはハタチ過ぎてからでしたね。

高橋 まず植草さんの「言葉」でワンクッション置いて聞いていた覚えがあります。だから、エリック・ドルフィーもアルバート・アイラーもみんな植草さん経由で知ったんだけど、聴く前に植草さんで読んでるわけ。なので「こういうふうに聴くんだ」と前もって思ってました。いまから考えると間違った聴き方なんですけどね。でも、中学生なんかそんなもんだよね。聴き方がわからないから。でも、わかったふりして「うん、うん。ここの音がいいんだよね」と。で、それは植草甚一が書いてあることだった(笑)。そんな感じだったんで、僕だったらたぶんそういうことを書いて「ここは恥ずかしいね」となったと思います。それがないのが、ちょっと不思議だった。

大友 ないです。僕はそういう意味で言うと、間章とか、高柳昌行とか、植草さんよりだいぶ下の、ものすごいアングラなところのフリージャズとかを紹介する人たちの文章をわかったフリして……。

高橋 わかったフリが大事だよね(笑)。

大友 そうそう。だって、読んでも全然わからないんだもん。そもそも、おっしゃる通り俺は本を読んだ経験がなかったので、当時はわからない漢字だらけだった。「これ、何て読むの?」みたいな。でも、わかったフリして読んでた。

■世の中にはわからないものがあるという前提に立たないと人は間違う

高橋 それがいいんだよね。ちょっと話は関係なくなっちゃうんだけど、僕はいくつか連載をしているんですけど、いま一番真剣にやっているのは、うちの子供たちの、中学校のクラスで出している雑誌に連載しているやつなんです。

大友 クラスで雑誌を出している?

高橋 うん。『ユキホタルソウ』という雑誌を毎月100ページ以上出しているんですよ。編集長はモモちゃん。僕は連載を4回目に落としちゃったの。そこは厳しくて、1日でもずれると印刷しちゃうから。

大友 普通だったら、1日ぐらい待ってくれる。

高橋 「ああっ……」と思って、「もうおしまい」とか言われて。

大友 プロより厳しいですね(笑)。

高橋 厳しい。もちろん無料原稿ですけど、ここが一番緊張する(笑)。中学生が相手だから。一番新しい回で「読書の仕方」というタイトルで書いたんですが、その一つが、意味がわからない本を読むこと。これがとても大事だと書いたんです。わかる本ばかり読んでいるとバカになるから、ときどき、全然わからない本を読むのがいいよと。

 僕も中1ぐらいのときに「現象学」とか、みんなが読んでいてわかると言うから読んだら、一字もわからない(笑)。この世の中に、まったくわからないものがあるってわかった。絶対、死ぬまでわからないと思ったら、なんか清々しい気分になるでしょう。自由になった気がしない?

大友 はい、はい(笑)。そうなんですよ。世の中にはわからないものがあるという前提に立たないと、人は間違う。

高橋 そうなんですよね。このまえ、大友さんをラジオにお招きして、この本に関するお話を1時間ぐらいしたときにも言いましたが、僕は大友さんとは6年くらいの付き合いで、一緒に仕事もしたりしているので、わかった気になっていたけれど、この本や『音楽と美術のあいだ』(フィルムアート社、2017年刊)などを読んで、こんなに偉い人だったのかと。

大友 いやいや、偉くないですよ(笑)。

高橋 というのは、大友さんって、ほんとに音楽家だと思っていたら、この前、札幌国際芸術祭でもディレクターをされて、結構そこでも大友さんの美術作品も展示しているでしょう。それで、なんでミュージシャンが美術をやるのかと思って、読んだら、要するに、大友さんはジャンルを問わないでやる人だったんですね。美術なのか音楽なのかわからないのもあっても、そこにスタスタ行ってやっちゃうんだよね。

大友 「面白いな」と思うと、すぐやっちゃいますね。

高橋 僕は腰が重いので……。

大友 いやいや、どちらかというとそのタイプじゃないですか。

高橋 大友さんには敵わないと思いましたね。

2017年12月18日更新

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大友 良英(おおとも よしひで)

大友 良英

1959年横浜生まれ。実験的な音楽からジャズやポップスの領域までその作風は多種多様、その活動は海外でも大きな注目を集める。また映画やテレビの劇伴作家としても数多くのキャリアを有する。
近年は「アンサンブルズ」の名のもと様々な人たちとのコラボレーションを軸に展示作品や特殊形態のコンサートを手がけると同時に、一般参加型のプロジェクトにも力をいれている。
震災後は十代を過ごした福島でプロジェクトを立ち上げ、2012年プロジェクトFUKUSHIMA ! の活動で芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞。2013年には「あまちゃん」の音楽でレコード大賞作曲賞他数多くの賞を受賞している。2014年国際交流基金とともにアンサンブルズ・アジアを立ち上げ音楽を通じたアジアのネットワーク作りにも奔走している。
オフィシャルブログ
http://otomoyoshihide.com

高橋 源一郎(たかはし げんいちろう)

高橋 源一郎

1951年1月1日広島県生まれ。小説家。81年『さようなら、ギャングたち』(現在、講談社文芸文庫)で第4回群像新人長篇(★正字です)小説賞受賞。88年『優雅で感傷的な日本野球』(現在、河出文庫)で第1回三島由紀夫賞、2002年『日本文学盛衰史』で第13回伊藤整文学賞を受賞。著書に、『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』(第16回宮沢賢治賞受賞、集英社文庫)、『恋する原発』(講談社)、『「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について』(河出書房新社)など多数。