ちくま新書

ブルーズ、ジャズ、ソウル、カントリー、ロックンロール、ヒップホップ…全世界の大衆文化を変えた「アメリカ音楽」。 そのルーツから現在までを徹底的に語りつくした対談集『はじめてのアメリカ音楽史』。 12月に刊行された本書より、ジェームス・M・バーダマンさんによる「あとがき」を公開いたします。 アメリカ音楽の絶えざる源泉でありつづけてきた「アメリカ南部」に生まれ、 研究してきたバーダマンさんならではの文章、ぜひお読みください。


Tell about the South. What’s it like there. What do they do there.
Why do they live there. Why do they live at all.”
― William Faulkner, Absalom, Absalom !

南部のことを教えてくれ。そこはどんなところだい。連中は何をしているんだい。
 なぜ彼らはそこに住んでいるんだい。そもそもなぜそこで暮らしているんだい」
――ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』



 母が私を身ごもったとき、両親は正真正銘の南部とはいいがたいミズーリ州に住んでいた。私が幼いころ、母はくりかえしこう語り聞かせるのだった。
「ジミー、あなたの出生地が南部になるように、わざわざメンフィスまで車を走らせたの
よ。それも90マイルのでこぼこ道を」

 典型的な南部男と結婚した北部イリノイ州生まれの母は、どうしてもわが子を南部で産みたかったようだ。
 こうしたわけで、私の出生地はテネシー州メンフィスとなった。以後、青年期までの大半をテネシー州と、ディープ・サウス(深南部)と呼ばれるミシシッピ州で過ごしているが、大学を卒業してからは南部で暮らすことはまったくなかった。
 しかし私は、いつも南部とともにあった。
 どこで暮らそうが、私が南部出身であることを知った人たちは、口ぐちに南部のことをたずねるのだった。ウィリアム・フォークナー(南部の作家)が『アブサロム、アブサロム!』で書いたように。

 私はこれまでずっと南部のことを研究してきた。くまなく旅をして、人々と語らい、音楽に耳を傾け、土地の料理を食べ、親類縁者を訪ね歩き、南部への理解を深めてきた。真剣に南部と向き合い、丁寧に南部のことを語ってきたつもりだ。
 しかし、ひとくちに南部を「理解」するといっても、政治や経済の理解から、白人文化、黒人文化、そして不幸な過去をもつに至った歴史的経緯の把握まで、それこそ理解しなければならない事柄はたくさんある。むろん、それには奴隷制度、南北戦争、公民権運動などの時代思潮の理解も含まれる。

 とはいえ、そうしたことなら、書籍、論文、調査報告から多くを知ることができよう。
 ただ、私の不満をいえば、南部人の心が反映されていない研究が多すぎるということだ。南部人の声が聞こえてこないのだ。
 南部の歴史、そして南部人の心を知るためには、どうしても次のふたつを研究の基礎に
据えなければならない。
 ひとつは、南部の文学を読むこと。
 そしてもうひとつは、音楽を聴くことだ。

 てっとりばやく南部人のスピリットにふれたければ、ジューク・ジョイントやホンキ
ー・トンクといった安酒場でくりひろげられる土曜の夜の音楽と、教会に響きわたる日曜
の朝の音楽に耳をかたむけることだ。このふたつの音楽を聴くことで、南部人の心を垣間
見ることができる。さらにいうなら、土曜の夜の音楽を聴く人は、日曜の朝の音楽を歌う
人でもある。

 音楽にはいわゆる“ジャンル”というものがあるが、楽曲であれ、ミュージシャンであ
れ、ジャンルによってきっちり分類されるものではない。
 エルヴィス・プレスリーがはじめてレコードに吹き込んだ2曲などはそのいい例であろ
う。ひとつは〔ブルー・ムーン・オヴ・ケンタッキー〕という白人ブルーグラス歌手のビ
ル・モンローの曲であったし、もう一曲は黒人ブルーズマン、アーサー・クルーダップの
〔ザッツ・オール・ライト・ママ〕であった。
 レイ・チャールズを例にとってみよう。彼は教会音楽からセクシーなブルーズまでなん
でもこなしたが、日曜の朝の音楽に土曜の夜の歌詞を持ち込んだ最初のミュージシャンで
あった。レイは幼いころから、白人音楽と黒人音楽を分けて聴いたり演奏したりすること
はなかったそうだ。

 また、マーティン・ルーサー・キング牧師が主導した公民権運動は、白人の暴力に直面
した黒人たちによる、暴力を行使しない平和的手段による抗議運動であったが、そのとき
であってさえ、歌は白人/黒人というジャンルを選ばなかった。
 そのころよく歌われた〔アメイジング・グレイス〕は一般に黒人霊歌だと思われている
が、もとはアフリカと北アメリカを航行する奴隷船の白人船長がつくった改悛の歌であっ
た。

 わたしたちは、音楽を聴くことで、それが白人のものであれ黒人のものであれ、男性の
ものであれ女性のものであれ、神聖なものであれ俗っぽいものであれ、さまざまな人たち
の心にふれることができる。
 音楽はわたしたちに深い理解を与えてくれる。それはすぐれて精神的かつ根源的なもの
であり、時間と空間を超えてわたしたちの心を揺さぶる力を宿している。
 こうしたことを深く私に認識させてくれたのはノース・キャロライナ大学のウィリアム・フェリス教授である。ここに記して、あらためて感謝の意を表したい。

 本書は、英米の大衆音楽史を研究する里中哲彦さんとの対談をまとめたものである。知
的誠実さをもった氏とのやりとりが、読者のみなさんの、アメリカン・ルーツ・ミュージ
ックの扉を開くきっかけになり、さらにはアメリカ人、とくに南部に暮らす人々の心情を
理解する一助となれば望外の喜びである。ルーツ・ミュージックを学ぶ楽しさは、庶民の
ルーツ、すなわち根っこにある生活感情を理解することでもあるのだから。
 

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