ちくま新書

「五族協和」「王道楽土」の理想と現実
わずか13年で消えた実験国家を貴重写真でひもとく

満洲躍進の象徴となった特急「あじあ」号、日満親善のアイコンとなった満映の李香蘭、石原莞爾参謀が「世界最終戦争」のために引き起こした満州事変、清朝復活の執念にとらわれた溥儀、国策で満洲に渡った27万人の満蒙開拓団。約155万人の在留邦人は、どう暮らしたのか。ソ連による満洲侵攻、日本の敗戦によって彼らに何が起こったか――。『写真が語る銃後の暮らし』に続く、太平洋戦争研究会のビジュアル新書の第二弾です

はじめに――満州と日本人

 現在の中国で「満州」という言葉は死語に等しい。また世界地図を広げても、「満州」という地名はどこにも見当たらない。そもそも「満州」という呼称は、清朝時代(1616―1912年)の中国東北部「東三省」(遼寧省=奉天省、吉林省、黒龍江省)全体の総称として使われていたが、語源は民族名である。

 東北三省には古来から北方諸民族によって、漢民族の中国とは別個の国家が造られていた。八世紀には高句麗系の大祚栄によって渤海国が成立し、10世紀には契丹族による遼国、12世紀には女真族による金国、13世紀には蒙古(モンゴル)のフビライ・ハンによる元国、そして17世紀には再び女真族によって清国が造られた。

 この清朝の初めに、女真人は民族名を「満州族」と呼ぶようになり、やがて満州族が住む地域を単に「満州」と称するようになったといわれている。そして辛亥革命によって、300年にわたった政権の座を追われたあとも、旧清朝の重臣たちが清朝最後の皇帝である宣統帝(愛新覚羅溥儀)を擁して満州で王朝復活(復辟)を夢見ていたのも、そこが父祖の地だったからである。その王朝復活の夢と、満州事変によって東三省を軍事占領した日本の関東軍の利害が一致して、戦後の中国が「偽満」と呼ぶ満州国が1932(昭和7)年3月1日に出現するのである。

 実際に日本が満州を領有できたのは日露戦争に勝利したからである。それまで満州の利権の大半はロシアが有していた。しかし、日露戦争で日本は約9万人の戦死者を出した。多くの日本人は、多大な犠牲を払って満州からロシアを追い払ったのは日本である。だから満州は日本のものである、とまではいわないものの、ロシアと結んだ講和条約以上の〝特殊な権益〞があるはずだという強い気持ちを抱いていた。

 また、満州には日本にはない豊富な天然資源があった。それは日本の発展を約束するものであり、満州は日本にとって死命を制する生命線との考えがあった。尊大な思い込みにすぎないのだが、当時の日本でそういう国民の感情や考え方を是正するような教育はされなかった。満蒙領有を第一義とする関東軍はそのような世論を背景に満州事変を起こし、その侵略行為を顧みることもなく、日本によって満州国が建国された。

 満州国の国体は民本主義、「五族協和」と「王道楽土」がその目指す理想であるとした。

 詳細は本文に譲るが、この五族協和と王道楽土の実現のために多くの日本人が広大な満州の荒野に移住を強いられた。 自ら率先して満州に渡った個人や家族もいたが、多くは在郷軍人で編成された武装移民(試験移民)をはじめ、500万人の日本人を移住させようとした「満州農業移民100万戸移住計画」によって村ごと、あるいは郡・県ごとに分けて満蒙開拓団員として移住させられた人たちだった。その数は約27万人ともいわれている。満州国が誕生した1932年当時、すでに満州には約57万人の日本人が居住していたというから、合わせると約86万人を数える。さらにその後も政府の大陸政策のために続々と満州に送られていった。

 だが、1945(昭和20)年8月15日、日本が太平洋戦争に敗北すると同時に、王道楽土の理想国家を目指した満州国もまた幻と消え去った。わずか13年5カ月の短い命だった。
日本の敗戦時、満州の地にいて〝流浪の民〞と化した日本人は約155万人といわれ、帰国がかなわず多くの人が命を失っている。

 満州国が消滅し、中国に戻ってから80年がたとうとしている。多くの日本人がそこで生活していただけに、満州国に関する歴史情報は個人的な感情や記憶に彩られながら、さまざまな形で発せられてきた。それはとても貴重であるが、本書では客観的に、なぜ満州事変が起きたのか、果たして満州国とはどのような国だったのか、その大筋を多くの写真を中心にたどってみたいと思う。

目次より
序 章 日本の新帝国主義
第一章 満州永久支配
第二章 王道楽土の理想顕現
第三章 満州産業開発五カ年計画
第四章 拓け満州の大沃野
第五章 日満一徳一心
終 章 満州国の滅失

 

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