単行本

ピンクは自分のために戦うブスにもよく似合う
錦見映理子『リトルガールズ』書評

PR誌「ちくま」より、篠原かをりさんによる『リトルガールズ』(錦見映理子著)の書評を公開します。様々な「少女」たちを瑞々しく描く第34回太宰治賞受賞作ですが、なかでも輝いているのがピンクの服ばかり着ている55歳の家庭科教師、大崎先生。きっと多くの女性が共感する彼女の魅力を、篠原さんが紐解いてくださいました。

 人には許される服と許されない服があるらしいと気付いたのは、四年前くらいのことだ。斜めにフリルの入った黒のワンピースを着たことを静かに知人に諫められたのがきっかけだった。
 彼は、「弁えないお前を俺が不快だと感じた」とストレートで勝負せず、「それはお前の自意識的にどうなの?」とあくまで分不相応な服を着た私に自省を促した。あまりのショックでそれは素敵なワンピースだったのに、私は、うっかり反省してその服を手放してしまった。その悔しさを胸に今、容姿を取り巻く諸問題について執筆活動を行なっている。
 一律に制服を着せられる高校生ですら、キャメル色のカーディガンは可愛い子しか着用を許されないらしい。それでは、雑誌に載っていたピンク色のカーディガンを着るためには一体どれだけの徳を積めば良いのだろう。身分の差がなくなったとされる今も、私たちは自分がどのあたりに位置していて、何を許されるかを把握して生きている。現代の冠位十二階が女子高生のカーディガンであり、私達が日々選ぶ服なのだ。
『リトルガールズ』に登場する大崎先生は、美人じゃない。彼女は長年勤めた常勤講師を辞め、今年非常勤になったばかりの家庭科の先生で、主人公・桃香のクラスを担当している。ガマガエルに似ているからと生徒達は陰で呼ぶあだ名は「ガマ子」。
ある日、大崎先生は濃いピンクのひらひらしたワンピースを着て教壇に立つ。特に変わった様子もなく、いつも通り授業をしているだけなのに、「ガマ子」は「エロ子」や「ピンクばばあ」というあだ名に代わり、更年期でおかしくなったらしいと噂される。けれど、彼女は「年をとるってこんなにいいことだとは知らなかった。誰に何を言われても、もうちっとも気にならない」と言い切る。
 服とブスを巡る問題は、根深い。ブスでないと許されない着こなしなんて聞かないが、美人でないと着てはならないとされるものは多い。ピンクだったりフリルやレースが使われていたりする可愛いものや、派手だったり、露出が多いものも。逆にブスに許されているのは、黒や茶色の目立たない服である。極力自然物に擬態していろとでもいうのだろうか。本当は法律の範囲内で「着ている」という事実があれば、それで十分なはずなのに、勝手にルールを定めてそこから外れた人間は糾弾しても良いとされている。
 だから許されていないピンクやひらひらを着る大崎先生をおかしくなったと見做すことに、保護者でさえも違和感を覚えない。
 しかし、コツコツ貯めたお金で買ったワンピースを五十五歳の誕生日に着た彼女を誰がなんの権利で否定することができるのだろう。一体どこに非があると言うのか。桃香やその母親がいうように大崎先生は今までの「お葬式っぽい服」の方がまだマシに見えるかもしれない。それでも大崎先生は、自分に似合わないピンク色の服を着たいとずっと思っていたのだ。
 ここに大崎先生の美しさがある。美術教師の猿渡は、彼女の「真の美」を見抜き、一目見て絵のモデルにしたいと迫る。
 小太りで蛙に似た大崎先生が様々な美しい服を着る描写は可笑しい。しかし、読み進めるごとに大崎先生はピンク色の服でないとならないと思わされる。大崎先生はピンクを着こなしているからピンクがよく似合うのだ。大崎先生はピンクに真っ向勝負を挑み、その勝負に見事勝って見せた。
 いつか、あなたの目の前にトンチキな格好をしたブスが現れて度肝を抜かれることがあるかもしれない。そのトンチキな格好は大崎先生のように確固たる「好き」ゆえかもしれないし、ただの迷走かもしれない。しかし、いずれにせよ、真の美のもとに戦っているのだ。ピンクは生まれながらに可愛い女の子だけのものではない。自分のために戦うブスにもよく似合うのだ。

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