ちくま新書

「考える」とは「小さな問い」をたて続けること

「考えるとは、どういうことか?」--そんな問いを立て、さまざまな分野の達人たち9人のもとをたずねた著者。長沼伸一郎、出口治明、御立尚資、寺西重郎、岩佐文夫、若林恵、二村ヒトシ、松嶋啓介、松王政浩、問い続け、考え続ける人々との対話には、さまざまな刺激があふれています。ちくま新書4月刊『問い続ける力』の「はじめに」を公開します。

はじめに  答えを求める「では派」、問いを求める「とは派」

 では派 「○○では……」と誇りたがる人たち
 とは派 「△△とは何か?」と自問したがる人たち

 お恥ずかしい話だが、私は三〇歳をすぎても「では派」だった。答えを外に求め、「世界では……」とか「最新の研究では……」とイイ気になっていた。その対極にいるのが「とは派」だ。自らに「△△とは何か?」と問うことで新たな知識を創り出す。
「では派」の人はよく勉強する。なぜならそれが自分のプライドの源泉になるからだ。しかし、どれほど巧妙に「○○では……」と披瀝できたとしても、自分だけは知っている。単に右のものを左に移しただけだと。
 その一方で、「とは派」の人は情報に頼らない。むしろ情報が入ることで、自分の思考が邪魔されることを恐れている。とことん納得するまで考えたら、ようやく外の世界に目を向け、彼我の差に目を細めるのだ。
 私は、ずっと「とは派」に憧れていた。たとえば尊敬する編集者の加藤貞顕さん(株式会社ピース・オブ・ケイクス代表)。念願の初対面で、編集のコツについてうかがったら次のように切り出してくれた。
「面白いとは何か、ずっと考えているんですよー!」
 とてもまぶしく思えた。加藤さんは決して情報に頼らず、自分の直観を頼りに一歩ずつ進んでいく。にもかかわらず私は「最新の研究では、面白いということについて……」としょうもない話を繰り広げてしまった。それに対する加藤さんの反応は「へー」。想定の範囲内だったようで、せっかくの出会いを実りあるものにできなかった。さらに言えば、自分の底の浅さがバレてしまい、心底恥ずかしかった。しかし、のど元過ぎれば熱さを忘れ、すぐに「○○では……」といつもの自分が始まってしまう。
「では派」でいるのは楽なのだ。何が楽って、考えなくていい。そんな自分にとって「とは派」の道は苦しみに満ちている。まず、問い続けなければならない。加藤さんは「面白いとは何か?」を問い続けている。飽きっぽい自分は、一体何なら問い続けられるのか?
答えを求める「では派」と、問いを求める「とは派」。もちろん、どちらがより優れているとかそういう話ではない。大事なのは、自分がどういう生き方をしたいのかということだ。
 そんなある日、理論物理学の分野で若くして名を成した、大親友の北川拓也を訪ねてボストンに飛んだ。成功の秘訣を聞いたら次のように教えてくれた。
「論文を読まないことです。下手に読んでしまうとアレもコレもやられていると、暗澹たる気持ちになります。そうではなく、まずは自分の中で問いを膨らませます。そして解きたくて辛抱たまらんという状態になったら、そこで初めて論文を見るんです。」
 この話を聞いて、私は覚悟を決めた。「とは派」になる。そのためにはまず、自分の中にある問いの種を育てなければならない。本書は、こんな私の問いをめぐる旅を記したものである。

 

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