ちくま文庫

『注文の多い注文書』解説

5人の作家の作品に端を発して、小川洋子とクラフト・エヴィング商會2組の才能が新しい物語をつむぐ『注文の多い注文書』。この世にも奇妙な小説に、平松洋子さんが解説を寄せてくださりました。

 ちらり、ちらり、脳裏に浮かんでは消えていた人物がベラスケスだと気がついたのは、『注文の多い注文書』を読み終わってから二、三日経ってからのことでした。
 ディエゴ・ベラスケス。十七世紀、スペインバロック期に活躍した画家で、国王フェリペ四世の引き立てのもと、国王一家や宮廷の人々、宗教者、知識人の肖像画を生涯にわたって描いた。「黒衣のフェリペ四世」「白いドレスの王女マルガリータ」「教皇インノケンティウス十世」をはじめ、人物の内面までも描きだす傑作揃いです。では、なぜ『注文の多い注文書』とベラスケスが一本の線で結ばれることになったのか。すぐに見当がつきました。ベラスケスの絵は注文の産物だから、なのです。一生を王の側近として過ごし、王宮の鍵を預かる役人となって貴族の称号まで与えられたベラスケスですが、そのかたわら、注文に応える義務と責任をわが身に背負い続けた。もちろん、マネが「画家の中の画家」とまで評したベラスケスが籠の鳥だったなどというつもりは毛頭ありませんし、フェリペ四世とベラスケスは特別の友情で結ばれてもいたようです。しかし、注文主である王家の威信を損なわず、つねに満足をあたえ、いっぽう鑑賞者には畏敬の念を覚えてもらわねばならない。注文が多すぎる! しかし、ベラスケスは見事にやってのけ、絵画史に足跡を刻んだのです。
 前置きが長くなってしまいました。とにかく言いたかったのは、この世で注文者ほど絶対的な存在はいないということです。自由で、無謀で気まま。注文とは、事情やら願望やら懊悩やら、軽重を問わずのっぴきならない思いが凝縮されているもの。おずおずと伏し目がちに差し出されたとしても、その勢いにおいて無敵。だからこそ、注文をめぐって丁々発止が生まれる。
『注文の多い注文書』でも、注文する者、注文を受ける者、両者のあいだには引き絞った弓矢にも似た緊張感が張り詰めています。注文主五人はいわば書物に取り憑かれた人々、それぞれに小説との関係を断ち切れないでいる。思いあまって「ガス燈のある袋小路」の奥に佇む店の扉を叩くと、胸のうちを見透かされて「ないものでもあります」と囁かれるのだから、さあ大変。「ないものはない」と引導を渡されればあきらめもつくのに、「ある」と言われれば熾火に風が送り込まれるのはとうぜんの成りゆきです。注文の内容と顚末は、念入りに交わされる「注文書」「納品書」「受領書」により縷々明らかにされてゆくのですが、注文がぶじに完了をみると、そもそも注文の出発点となった小説じたいに微妙な揺れが生じている。そこが空恐ろしい。
 冒頭「人体欠視性治療薬」からして、まっこうから川端康成の小説を揺さぶりにかかっています。若い女性の注文主が「人体欠視症」の治療薬を所望するわけですが、その奇妙な病は未完の長編小説「たんぽぽ」に登場する娘、稲子と同一のもの。「たんぽぽ」は一九六四年、雑誌「新潮」で連載が開始されたのち断続的に発表されていましたが、七二年四月、川端康成のガス自殺により絶筆となったいわくつきの作品です。しかも、実験性の高い独創的な作風で、川端文学を読み解くうえで重要な鍵のひとつ「魔界」を題材に扱っている。注文主は、治療薬「蚊涙丸」が入荷しましたと「クラフト・エヴィング商會」から知らせを受けるのですが、「受領書」を読んで、私はあっと声を上げてしまいました。欠視症が治ったのは、視力を失ったという意味だった。世界の一
部を失うより、いっそ全体を喪失するほうが救いだといわんばかり。おなじ病をもつ稲子に対しても引導が渡されているわけで、つまり、未完の絶筆にあらたな物語が書き加えられているのです。「人体欠視症治療薬」によって、未完の「たんぽぽ」に終章が授けられたというべきでしょうか。
 J・D・サリンジャーにもメッセージは送られます。「ライ麦畑でつかまえて」「ナイン・ストーリーズ」「フラニーとズーイー」「大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア─序章─」「ハプワース、1924年」を発表したのち、サリンジャーは長い沈黙に入り、二〇一〇年に没するまで隠遁生活を貫いた。注文主は、断筆理由について「バナナフィッシュの耳石が手に入らなくなったため」と結論、次作が読みたい一心で耳石探
しを依頼します。そして「クラフト・エヴィング商會」はサリンジャー自身が使用していたかもしれない「バナナフィッシュ成熟判定ボード」を発見、しかし、注文主の都合でせっかくのボードは宙ぶらりんのまま、弁解も煮え切らない。うやむやに終わった結末には、しかし、みずから姿を消した作家への労りや親愛の情が感じられ、サリンジャーからの小説の贈り物にいっそうの燦めきがあたえられるのです。
 さて、小説には、出会ったら最後、読む者に取り憑いてしまう人物が潜んでいます。村上春樹の短編集『中国行きのスロウ・ボート』に収録された「貧乏な叔母さんの話」に登場する「貧乏な叔母さん」もそのひとり。「クラフト・エヴィング商會」に舞いこんだ依頼の手紙には、二人きりで長年暮らした祖父を亡くしたあと背中に貼りつき、とつぜん消えた叔母さんに逢いたいとあります。その書簡は「時間差郵便」によって運ばれたと推理した「クラフト・エヴィング商會」は、時空間のずれを利用して祖父が着用していた制服のボタンを届け、注文主の青年に励ましを授けます。でも、やっぱり気になるのは貧乏な叔母さんのこと。たったいまどこの誰の背中に貼りついているのかしらん。私もいつか貧乏な叔母さんに逢いたい。
 ボリス・ヴィアンの小説「うたかたの日々」にしても、カクテルピアノの演奏や鮫皮のサンダルやしゃべるハツカネズミや、肺に咲く睡蓮のイメージが一瞬よぎることがあります。五年か十年に一度ですけれど、でも強烈な瞬間。だから、ガラス瓶に睡蓮を収めて死者を悼みたいという注文は、けっしてひとごととは思えません。「クラフト・エヴィング商會」は手を尽くし、人体に寄生していた物体が蒐集された標本箱に睡蓮用のガラス容器を収めて届ける。ところが、注文主のもとには睡蓮が咲いていた肋骨がもたらされており、すでに墓に埋めたと告げるのだから驚くではありませんか。そして、ことの顚末を語り終えた盲目の指圧師は、「ほかのものは消えていい」とばかり、帰り道まで慇懃無礼に示すのです。一件落着、でもちょっと理不尽。空っぽのままのガラス瓶に、「うたかたの日々」の儚くも華やかな美しさと毒気が永久保存されています。
 注文とは喪失の空白を埋める行為でもあるようです。しかも、いずれの注文主の依頼も体の一部の欠損にかかわっている。視力。耳石。背中。肋骨。いずれもほんらいあるべきものなのだから、「ないものあります」と誘われれば、がぜん取り戻したくなる。喪失の呪縛を解いてくれるのは、すでにどこかに存在しているものではなく、この世にないものなのかもしれません。
 さて、「冥途の落丁」です。内田百閒の短編「冥途」をめぐるこの一篇だけ、ほかの四篇とは趣きが異なることにおおいに反応せざるを得ません。なにしろここに納品されているのは、一九二二年に刊行された処女短編集『冥途』(稻門堂書店)の初版本なのですから。稀覯本とはいえ、その気にさえなれば文学館や図書館、古書店などで目にすることができる本物、現存する書物です。わけあって注文主自身が置いていったこの一冊は、じっさいに関東大震災をくぐり抜けた初版本の現物。「ないものあります」を売り文句にする「クラフト・エヴィング商會」にしては不可解な納品ではありませんか。『冥途』の初版本はそもそも風変わりな書物です。目次には十八の題名が羅列されていますが、数字が見当たらないのは全ページにノンブルがないため。いずれも著者である
百閒の注文だといわれますが、そのため乱丁や落丁が多かったのです。
 ところで、本書は「注文書」から「受領書」まで時系列の順にしたがって書き進められ、「冥途の落丁」もおなじ時間経過のもとで書かれたそうです。仄聞するところによると、この落丁本の現物が現れたのは、じっさいに「注文書」が書かれたそのあとだった。つまり、このような行と行とのあいだに空白がある不可解な現物が存在しているなど、だれも見たことも聞いたこともなかったらしいのです。そのエピソードを聞いたとき、とっさに思いました。「冥途の落丁」が書かれるまで、現物の落丁本のなかに「冥途の落丁」の物語がひっそりと埋もれていたのだと。税理士の夫が息を引き取った永遠の空白。行と行とのあいだに横たわるふかい闇のような空白。ふたつの空白は、「冥途」初版本によって等号で結ばれていたという事実がここにある。偶然を装いながら、〈現実=ここにあるもの〉は〈ここにないもの〉もふくめて、あらかじめすべてを飲み込んでいるということでしょうか。
『注文の多い注文書』は、五人の作家が生きて書いた小説に端を発してこの世に現れた一冊です。もしおおもとの小説が書かれていなければ、「注文書」も「納品書」も「受領書」も生まれ得なかった。そう思うと、現実こそが魔術師だと思われてくるのです。
 最後にもう一度、ベラスケスについて触れさせてください。晩年近くに描かれた名作「ラス・メニーナス」。画面には幼いマルガリータ王女、女官、道化師、犬、鏡のなかに映る国王夫妻、絵筆を執る画家本人。王家の日常が描かれているようでいて、じつは鏡のなかの国王夫妻の目に映った光景であり、いくつもの視線が複雑に交錯して謎めいている。ベラスケスは、王家に仕える日々を送りながら、称揚に屈さず、虚構を企てる芸術家であり続けた。創造という行為を推し進めたのが、ほかでもない注文と納品の共犯関係であったことに想いを馳せずにはおられないのです。