ちくまQブックス

「なぜ勉強するのか?」の答えがここに

「誰にもじゃまされない人生」をつかむために、「死んだ勉強」を「活きた勉強」に変えて、ステキな自分をプロデュースする戦略を学ぼう。勉強はいつ始めても遅すぎることはない。京大人気ナンバーワン教授がワクワクする勉強の秘伝を大公開! ――9月創刊のちくまQブックス『100年無敵の勉強法』は、読み終わると、勉強せずにはいられなくなる! とってもポジティブな勉強論・勉強術。本文の一部を公開します!

 なぜ勉強をするのか? 小学校に入学して、宿題が出され、家の人や学校の先生に何度となく「勉強したか」と問われるたび、みなさんが感じてきた疑問だと思います。

 中学・高校時代の自由な時間は、勉強ではなく自分の好きなことに使いたいと思っている人は多いでしょう。私自身も中高生のころはそうでした。いつも「なぜ勉強しなくてはならないのか?」という疑問が頭から離れることはありませんでした。

 そして高校三年になって大学受験が近づいてくると「なぜ面倒な受験という仕組みがあるのか?」とも思っていました。「勉強しろ、と言われるほど、やる気がなくなるじゃないか!」この本はこうした中高生の素朴な疑問に答える本です。

 実は、勉強するのと勉強しないのとでは、人生の「質」が格段に違ってきます。今みなさんは信じられないかもしれませんが、勉強するほうが明らかに楽しくて豊かな未来が待っているのは確実で、私は半世紀をかけて後輩たちに熱く語ってきました。

 先に自己紹介をしておきましょう。私は「地球科学」という科学(サイエンス)の一分野についての研究者です。ざっくり言ってしまえば、「私たちが生きているこの地球とは何か」について40年以上も研究してきました。そのうち後半の24年間は京都大学の教授として学生たちに授業をしてきたのです。その合間には高校生や中学生にも「出前授業」と称して授業に出かけて行きました。

 つまり、自分自身が勉強し、また学生や生徒たちと向き合う中で、「勉強とは何か」「どう勉強すればいいのか」「どうやったら勉強してくれるか」を日夜考え続けてきたのです。この本では、その内容をぎゅっと凝縮して、勉強の「後輩」であるみなさんに一番大切なことをお伝えしたいと思っています。

❖ 「活きた勉強」と「死んだ勉強」、あなたがしているのは、どっち?

 さて、勉強する目的は、多くの人が期待しているように、「学歴」とか「高収入」とか「名誉」ではありません。こうしたこととまったく無縁ではありませんが、この三つを目的にすると、実は勉強そのものが「死んで」しまうのです。

 勉強には「活(い)きた勉強」と「死んだ勉強」の二つがあります。そしてみなさんには「活きた勉強」をしてほしいのです。というのは、「活きた勉強」はゼッタイに楽しいし、やっているうちにいつのまにか生きることが明るくなってくるからです。

 その反対に、「死んだ勉強」はつまらないし、そもそも勉強することがキライになっていきます。よく大人になってから、「学校の勉強は無駄だった」と言う人がいますが、残念なことにその人にとって、勉強は「死んだ勉強」だったのだと思います。

 では、「活きた勉強」とはどのようなものでしょうか? ひとことで言うと、勉強しているとついワクワクしてしまう「感情」が生まれるのです。

 それは本文でゆっくり語ることにして、私はある時から勉強が急におもしろくなって、自分でも本当にビックリしました。これが「活きた勉強」だと発見した瞬間ですが、そうした経験をお話ししたいと思います。

 実は、その瞬間に、自分がそれまでいかにたくさん「死んだ勉強」をしてきたかにも気づいたのです。そして、これからの人生はぜんぶ「活きた勉強」に変えてやろうと決意しました。いったん「活きた勉強」を知ったら、もう「死んだ勉強」なんかには戻れません。それほどの大きな衝撃を受けたのです。

❖ 「誰にもじゃまされない人生」をつかむ!

「活きた勉強」はいくらやっても飽きないし、勉強することがますます楽しくなります。そして、「活きた勉強」をしていると、他人の目が気にならなくなってきます。

 実は、「活きた勉強」は自分にとっての「活きた勉強」であって、まわりの友達や先生から見たら、ぜんぜん勉強らしくないかもしれません。

 もっと言えば、「活きた勉強」に熱中している姿は、親から見たら「勉強してないじゃないか!」と怒られるようなものかもしれないのです。でも、自分が「活きた勉強」だと思ったら、それを押し通して構いません。なぜならば、勉強は「自分の人生」のためにするもので、親や先生や友人のためにするものではないからです。

 とにかく、今までしてきた勉強には「活きた勉強」と「死んだ勉強」があるらしい、ということだけ先に知ってください。あとはこの本を気楽に読み飛ばしてみてください。

 でも、どこかに「ハッ!」となって気づくことがあるかもしれません。

 その時こそ、自分にとって「活きた勉強」が始まるのです。それは、「誰だれにもじゃまされない自分らしい人生」が始まる瞬間でもあります。

 そうなのです。勉強の本当の目的は、「誰にもじゃまされない人生」を自分の中に創り出すことです。そして自分には「誰にもじゃまされない人生」を生きる権利があると深く悟ることです。自分の力で「活きた勉強」を発見し、それを一生かけて押し通す。こうすることで、自分だけの人生を「プロデュース」できるようになるのです。

 どうですか? 「なぜ勉強しなくてはならないのか?」という問いから、何だか新しい世界が見えてきた気がしませんか。「自分だけの人生」の存在を少しつかみかけた気がしませんか。では、もう少し、「活きた勉強」の考えを進めてみましょう。

❖ 勉強のスゴさを一度知ったら、もう戻れない

 勉強したら、今まで見えなかったことが見えてきます。

 それは単純に、大きな喜びです。

 反対に、勉強しないと、その喜びはいつまでたってもやってきません。

 とはいえ、「今まで見えなかったことが見え」なくたって、楽しく暮らすには困りません。「大きな喜び」を知らなくたって、それなりに意味のある人生を送ることはできます。だから、「勉強しないと不幸になる」というようなものの言い方は、「完全に間違がっている」と私は思います。

 勉強すると良いかどうかは、実はすごく「ビミョー」なことです。本当は、誰もが気づけることではありません。

 でも、「勉強すると良いこと」を知ってしまった人は、ゼッタイに自信を持って「勉強の良さ」をしみじみ感じています。

 その感じを少しずつ説明してみましょう。まず、勉強すると、人生の見晴らしが良くなります。たとえば、ビルに上っても、1階より2階、2階より5階、5階より60階のほうがずっと遠くまで見えます。高いところに上がると、今まで知らなかった遠くの景色が見えるではありませんか。勉強するのも同じことです。人生の先まで見通せるようになり、「選択の幅」が広がります。

 この選択の幅は、きょう何を食べようかという小さなことだけではありません。もっと大きく人生の幅が広がってくるのです。

 人生の選択肢は、少ないよりも多いほうが良いではありませんか。たとえ失敗しても、遠くまで見えていれば、戻る道も見えます。

 だから、こういうことを知っている人は、心の中で「勉強ってスゴくいいんだぜ」とほくそえんでいるのです。

 実は、私はそうやってほくそえんでいる一人なのです。

イラスト=米村知倫

 

❖ 京大生が「勉強コンプレックス」?!

 いえ、正確に言うと、そうやってほくそえんでいる一人でした。そう、過去形です。ある時から、一人でほくそえんで、ニヤニヤ楽しんでいるのは「ちょっとマズイ」と考えるようになりました。

 それは、先ほども自己紹介しましたが、京都大学(京大)の教授になったときからです。それまでの私は、自分のことばかり考えて勉強してきました。

 でもまあ、自分が勉強して楽しかったら、それで世間も誰も文句は言わないし、勉強したおかげで中学高校大学とスンナリ学校を通過できたし、かろうじて就職もして運良く教授にもなれました。

 しかし、京大生に教えるようになって、彼らの多くが楽しく勉強していないことを知って愕然としたのです。

 彼らは、京大に入るまでは頑張って勉強してきたのに、大学に入ったら「これで勉強から解放された!」と言いました。嫌いで苦しい勉強を我慢して続けて、京大にやっと入れた。けれどもそれは、先ほど述べた「活きた勉強」とぜんぜん違うものではないかと私は思ったのです。

 それで私の講義を受ける学生たちに、勉強の「カウンセリング」を始めることにしました。

 彼らに「勉強って本当はおもしろい」、「世界を知ることはけっこう楽しい」、「勉強は何をやっても良いのだ」、「勉強はいつ始めても遅おそすぎることはないよ」ということを、講義の中の質疑応答(Q&A)でじっくりと伝えることにしました。

 こうしたことを大学の定年退職までの24年間にしてきたのですが、その間に私とつきあった京大生はみるみる変わっていったのです。私も最初は講義がひどく下手だったのですが、終わり頃には(自分で言うのもヘンですが)「京大人気ナンバーワン教授」と呼ばれるようになりました。

 それは、私が学生たちの「勉強コンプレックス」を取り除いてきたからもらえた呼び名ではないかとちょっぴり誇らしく思っています。そうなんです、京大生でも勉強コンプレックスがある。いえ、京大生だからこそ勉強コンプレックスがあるのですね。

 つまり、彼らは「死んだ勉強」を営々と積み上げてきて、我慢に我慢を重ねて京都大学に晴れて入学しました。それはそれで人生上のすばらしい出来事ですが、同時に勉強の本当のおもしろさを知らずにここまで来てしまったのです。

 勉強は漢字で「強(し)いて」「勉(つと)める」と書きます。だから京大入学まで歯を食いしばって「強いて勉めて」きたのでしょう。でも、それはどこか本当の勉強とは違うのではないかと、私はずっと思ってきました。だから、未来のある若者がそのままでは「マズイ」と、いつしか考えるようになったのです。

❖ 「ニセ京大生」たちの本気度

 この本は「死んだ勉強」と反対の「活きた勉強」を見つけるための本です。今まで「死んだ勉強」しか知らなかった人も、今から「活きた勉強」に変えればまったく問題ありません。というのは、「勉強は何歳で始めても遅すぎることはない」からです。そして、そのうちじわじわと勉強のおもしろさが分かってくると思います。

 ちなみに、京大での私の講義「地球科学入門」は、出席をいっさい取りませんでした。出席を取ると学生たちはイヤでも講義に出てこなくてはならないからです。しかし、出席を取らないと、本当に私の話を聴ききたい学生だけが出席します。

 出席のためイヤイヤ講義に出てくるのは「死んだ勉強」です。その反対に、どうしても聴きたいから出てくるのは「活きた勉強」です。

 教室には京大生以外にも関係のない聴講者がたくさんいました。明らかに学生には見えない年配のオジサンやオバサン、近隣の大学生も混じっていました。それがどうして分かったかというと、白い紙を配って行ったQ&A(アンケート)で、そのことをちゃんと書いてくれたからです。このような「ニセ京大生」たちの質問・感想・意見には、本当に学びたい「熱意」があふれていました。

 そんな大学生の一人は、大阪府堺市から二時間半かけて、毎週欠かさず聴きに来ていました。彼は成績を評価するための最終レポートも提出してくれました。それは文句なく100点の出来でしたが、彼は京大生ではないので、成績を付けることも単位をあげることもできませんでした。

 でもその若者は、きっと充実して学んでくれたのだと思います。だから、単位がもらえなくても満足してはるばる通ってきたのです。でも、教えた私としては、彼の書いたレポートが100点だったことを何とかして伝えたいと思っています。いずれ「それは私です」と名乗り出てくれることをずっと待っています。

❖ 勉強は、「百年無敵」の一生モノ

 ここまで読んだらお分かりのように、彼にとって毎週の講義は「活きた勉強」だったのです。そして、この本でもこうした勉強をみなさんに目指してほしいのです。

 だから、今からでも決して遅くはありません。この世界のどこかに、自分にとっての「活きた勉強」を目覚めさせてくれる先生がいるのです。その先生の見つけ方もこの本の中で伝授しましょう。

 この本は勉強する本来の意義や目的を考え、最後に「効率的」な勉強法を目指します。できるだけ苦労なく「ラクして」手ごたえを感じながら勉強する方法です。

 それは私が「活きた勉強」を発見した中学生のころからやってきたテクニックの集大成でもあります。そして「勉強ギライ」「勉強トラウマ」の京大生たちを指導しながら、試行錯誤して見つけた勉強法でもあります。

 こうした経験を学生たちに伝えるため、私は2009年に『一生モノの勉強法』(東洋経済新報社)を書きました。そののち10年が経過して全面リニューアルした改訂版を、『新版一生モノの勉強法』(ちくま文庫)として刊行しました。

 タイトルにある「一生モノ」には、実は大切な意味が込められています。すなわち、勉強はその場しのぎで試験突破や資格習得だけのためにするものではなく、一生役立つような知恵を身につけることが重要だという考え方です。

 これは中高生にも当てはまることで、中学と高校で勉強した内容は一生にわたって役に立つものです。だから、学校の勉強は自分の人生にとってもたいへん大切な経験を与えてくれるのです。そして人生百年時代と言われる今こそ、「百年無敵」の勉強法を身につけてほしいと思います。

 特にこの本では、学校を卒業するまでに中高生が知っておいたらよい本質的な勉強法に絞って書きました。いわば私と教え子たちの「秘伝のテクニック」も公開したいと考えています。もしそうしたことに関心のある読者は、勉強の技術から読んでも構いません。そしてこの本に出合ったことで「活きた勉強」が始まり、学校へ行くことが楽しくなることを願っています。

     *
 
 続きはぜひ本書で。
 
【本書の目次】 

 第1章 つらくて苦しい受験が、なぜあるのか?

 第2章 「活きた勉強」とはどういうものか?

 第3章 秘伝公開!  カマタ式勉強法の「戦略」と「戦術」

 第4章 受験を突破した「後」の勉強法

 おわりに〈地震も火山も多い危険な日本に、なぜ住んでいるのか? 〉