ちくま新書

一人で通史を書きあげることについて
出口治明著『人類5000年史Ⅳーー1501年~1700年』書評

人類史を一望する大人気シリーズ第四巻、出口治明著『人類5000年史Ⅳーー1501年~1700年』に寄せて、鎌田浩毅さんが、書評をPR誌「ちくま」にお書きくださいました。歴史に疎い読者にこそ本書はうってつけ、とのこと…その心は?

 歴史好きの読書家、出口治明氏による『人類5000年史』の第Ⅳ巻が刊行された。文明の誕生から現代まで人類史を一望するシリーズだが、今回は1501年から1700年までの通史が第九章と第十章として充てられている。
 言うまでもないことだが、歴史は人物と事件が作るストーリーである。本書では17世紀の科学者のガリレオ・ガリレイ(1564~1642)とヨハネス・ケプラーについてこう記述される。
「ガリレオの同時代人、ヨハネス・ケプラー(一五七一~一六三〇)は、天体の運行に関わるケプラーの法則を唱え、宇宙物理学の祖となりました。二人の往復書簡が残されていますが、学問一筋で純朴なケプラーに対して、ガリレオはかなり狷介な人物であったようです」(148ページ)
 このように簡にして要を得た記述は、英国の歴史家エドワード・ギボン(1737~1794)の『ローマ帝国衰亡史』(全10巻、ちくま学芸文庫)を思い起こさせる。巨大な帝国の衰亡にまつわる膨大で複雑な事件を鮮やかに整理し、古代が終焉し近世が始まる歴史の流れを明晰に描いたものだ。
 ギボンは、帝国が滅亡した原因を、社会の腐敗、外敵の侵入、キリスト教の発展によって明快に説明し、無味乾燥な史実記載から見事に脱した。人間の気高い行動と愚かな姿を雄弁に描く格調高い叙述は、アングロサクソン社会で英文の規範ともされてきた。活き活きと描かれた登場人物が、あたかも近くに立っているかのようなのである。
 実は、私は高校時代から歴史が苦手だった。人名や年代や地名を覚えなければならないのだが、暗記の苦手な私は覚えるそばから忘れていった。ところが三十代で『ローマ帝国衰亡史』に出合った私は、生まれて初めて歴史書をむさぼるように読んだ。『ローマ帝国衰亡史』が歴史という大海原への優れた道案内をしてくれたのだが、ちくま新書による著者の通史シリーズも、歴史に疎い若者たちにこうした重要な働きをするのではないかと期待する。
 歴史家が残した人々の営みを活き活きと描く闊達な叙述から、「想定外」に満ちた世界を生き抜く知恵を学ぶことができる。その結果、人類の知的遺産を知り学ぶことで、見えてくる世界が格段に違ってくる(拙著『100年無敵の勉強法』ちくまQブックス)。
 実際に西洋では歴史への深い理解が教養の基盤とされるが、広い視座が得られる点でまさにその通りである。出口氏の数多くの著作もそうした意図で書かれてきたと推察するが、一市民として世界の通史を学ぶ意義がここにあると思う。
 ちなみに、英国の歴史家である「知の巨人」アーノルド・トインビー(1889~1975)は、一人で通史を書きあげる重要性に着目した。通史を単独で書くとは、自分自身が世界をどう理解したらよいかを絶えず問われることであり、書き上げた通史は現時点の回答という産物でもある。
 かつて私も著者のように新書で地球の通史を書いたことがある(『地球の歴史』上・中・下巻、中公新書)。地球は人類が生存する基盤であり、食料や水のみならず貴重な居住空間を与えてくれる。その歴史を教えるのが高校理科の科目「地学」であり地球の通史もこの教科で教えられる(拙著『やりなおし高校地学』ちくま新書)。
 地学には「過去は未来を解く鍵」というキーフレーズがあり、将来の地震や噴火を過去に起きた同様の現象から予測する。そのため地球の歴史を知ることは地球科学の根本課題でもあるのだが、執筆を始めてみると容易なことではなかった。
 日進月歩する学問の世界では、毎月のように新知見が現れる。また地学は、物理学、化学、数学、生物学のすべてを動員して複雑な地球の描像を得ようとする。すなわち、地球史の46億年間に起きた現象はきわめて多岐にわたるため、さまざまな分野の書籍や論文をチェックし、消化・咀嚼するために膨大な時間を要した。
 きっと本書のシリーズを執筆中の著者も、まったく同じ経験をしているのではないかと思う。次巻以降が今から楽しみである。

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