筑摩選書

衣服が私たちを着ているのだ――ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』を読む

『世界文学の名作を「最短」で読む』(筑摩選書)ためし読み

世界文学の名作の「いいところ」だけを英語と日本語で楽しむアンソロジー栩木伸明編訳『世界文学の名作を「最短」で読む』(筑摩選書)より、 ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』を「ためし読み」として公開します。最初に英語原文を載せていますが、難しいという方は日本語訳だけ読んでも十分楽しめます!

衣服が私たちを着ているのだ

 小説『オーランドー』の主人公は変身を繰り返し、男女の枠を越えて生き延びていく。オーランドーは最初は男で、16世紀末の英国王エリザベス1世にかわいがられる若い廷臣だったが、ロシアの皇女と大恋愛をした末に裏切られ、紆余曲折のあげく、ケント州の大邸宅を逃げ出してトルコへ渡る。彼の地で大使として活躍する姿を読者が見守っているうちに、オーランドーは暴動の最中に女性へと変身する。彼女はしばらくのあいだロマのひとびとに混じってテント暮らしをした後、望郷の念に駆られて英国へ戻ってくるのだが、時代はいつのまにか18世紀になっている。

 引用をご覧いただきたい。すべてを知る本作の語り手はなかなかお茶目で、物語の合間を盗んで、読者にお談義を聞かせたがる傾向がある。この部分は、オーランドー(今は女性)がケント州の屋敷からロンドンへ馬車で旅しているシーンで、道中の風景が退屈なので、読者を相手に一席、衣服をめぐる哲学をふっかけているところ。「バートラス船長」というのは、オーランドーをトルコから英国まで乗せてきた商船の船長である。

 社会的動物としての人間はロールプレイをしているのであって、各々の役割は衣服という記号によって表示される、という思考が、「衣服が私たちを着ているのであって、私たちが衣服を着ているのではない」という警句で示されているのが小気味よい。

『オーランドー』はフェミニスト批評が盛んになった20世紀後半に注目を浴び、今ではジェンダー研究の分野で必読のテクストになっている。とはいえ、かしこまって読むのは禁物だ、とぼくは思う。この小説の基本的なノリは哄笑なのだから。興味を持たれた方は小説の全文を入手して、引用箇所の直前あたりで、オーランドーがルーマニアの「皇女」(目の前で男の「大公」に変身する)につきまとわれる一節を読んでみてほしい。予想外のドタバタに嵌まること必定である。

 サリー・ポッター監督が主演にティルダ・スウィントンを迎えて撮った映画『オルランド』(1992年公開)は、原作を見事に映像化した。笑いの要素は少ないけれど、めくるめく変転を繰り返しながら、現代(1990年頃)まで生き続けるひとの生命の姿が美しく描かれている。

(※本書では、こんな形で50の名作を楽しめます)