2025年4月から半年にわたって開催される予定の大阪・関西万博(以下大阪万博)に大逆風が吹いている。
まず工事の大幅な遅れである。
予定では大阪湾の人工島・夢洲に150余りの国と地域が結集し、円周2キロの大屋根の下に100を超えるパビリオンが並ぶことになっていた。うち60は参加国が自前のデザインで建設費も負担する「タイプA」の予定だったが、23年9月の時点で工事を申請した国はわずか2か国。焦った日本国際博覧会協会(万博協会)は代替案として各国にプレハブの建設を肩代わりする「タイプX」を提案するも、こちらの申し込みも限定的。24年1月10日現在、着工した海外パビリオンは一つ。国内勢も出足不調で、民間企業などによる13施設のうち着工したのは現時点で5施設にとどまる。
加えて建設費の上ブレである。
当初1250億円と発表された会場建設費は、予定になかった大屋根の建設(350億円)と、建設資材や人件費の高騰により二度増額し、予定の二倍近い2350億円に膨れ上がった。会場建設費は国・大阪府&大阪市・経済界が三等分で負担することになっており、国と府市の分には税金が投入される。
これでは市民が怒るのも当然だろう。各紙世論調査でも、朝日新聞では71%、読売新聞で69%が、建設費の増額に「納得できない」と答えており、さらに読売の「万博に行ってみたいと思うか」という質問には「思う」が30%、「思わない」が69%。時事通信の調査では、万博は「必要」が20.3%、「必要ない」が55.9%だった(いずれも23年10~11月の調査)。なぜこんなことになったのか。問題点をあらためて振り返っておこう。
ショボいカジノと危険な会場
水面下で大阪への万博招致が動き出したのは13年、五輪開催地が東京に決定した直後だった。当時の大阪府知事だった松井一郎が自著『政治家の喧嘩力』の中で明かしている。
〈当時、大阪府・市の特別顧問を務めていただいていた堺屋太一さん、大阪市長の橋下さん、それに府知事の私が北浜の寿司屋で食事をしていたときのこと、堺屋さんが「大阪を成長させていくためには、世界的にインパクトのあるイベントが必要だ」とおっしゃった。そして「橋下さん、松井さん、もう一回、万博やろうよ」という話になった〉。かくて14年8月、橋下徹市長は大阪への万博招致を表明、各国へのロビー活動がスタートする。
15年末、当時の安倍晋三首相、菅義偉官房長官、政界を引退したばかりの橋下徹、二期めの知事に就任した直後の松井の四人が忘年会で顔を合わせた際、松井は万博の意義を訴えた。〈すると安倍総理は「それは挑戦しがいのある課題だよね」とおっしゃって、隣の菅官房長官に、声をかけられた。/「菅ちゃん、ちょっとまとめてよ」/この一言で大阪万博が動き出した。すぐに菅官房長官は経産省に大阪府に協力するよう指示してくださった〉。
なーにが「菅ちゃん、ちょっとまとめてよ」だ。当時の政界の悪役スター(←私見)が勢ぞろいしている上、酒席ですべてが決まるアホらしさ。それでも一六年には「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマが決まり、17年には正式に立候補を表明。18年11月、BIE(博覧会国際事務局)総会での投票の結果、ロシアに勝って日本は開催権を獲得した。
ちなみにその後、堺屋太一は19年に死去。安倍晋三は22年に凶弾に倒れて死去。菅義偉は20年に首相に就任するも21年に退陣。橋下徹は15年に政界を退いており、松井一郎も23年に政界を引退した。胸倉つかんで責任を追及しようにも、招致の音頭をとった当時の責任者は誰も残っていないのだ。
大阪万博の問題点は早くから指摘されていた。万博そのものの是非を別にしても、問題点は大きく三つ。①カジノとの関係性、②会場となる夢洲の安全性、③大阪府市の財政問題だ。関係書籍(桜田照雄ほか『カジノ・万博で大阪が壊れる』、カジノ問題を考える大阪ネットワーク編『これでもやるの? 大阪カジノ万博』、西谷文和『万博崩壊』など)を参考にしつつ、順番に見ていこう。
① カジノありきの万博だった。
18年7月、世論の反対を押し切って、事実上のカジノ解禁法であるIR法(カジノを中心とした統合型リゾート設立推進法)が成立した。IRは国際会議場、商業、飲食、宿泊などの施設と、カジノを組み合わせた複合型の観光施設だが、松井一郎が〈大阪万博を成長の起爆剤とするなら、大阪・関西の持続的な経済成長のエンジンとなるのが、統合型リゾート(IR)〉と自ら述べているように、大阪万博は最初からカジノ誘致の露払い役だった。
ギャンブル依存症に立脚したビジネスであるという根本的な有害性に加え、「カジノと観光は両立しない」「カジノの経済効果は期待できない」という意見は多い。〈カジノを訪れるギャンブラーは博打をするために訪れるのです。受け入れるカジノも、窓もなければ時計もない空間にギャンブラーを閉じ込め、アルコールでもてなしながら、賭博を続けさせます〉(『カジノ・万博で大阪が壊れる』)というような施設である以上、観光への波及効果は期待できず、その上、事業者選定に応募したカジノ事業者は一社だけ。〈「世界最高水準のIR」が蓋を開けてみれば、6400台ものゲームマシンが林立する「巨大ゲームセンター」です。海外から富裕層を誘客することをカジノ事業の正統性の根拠としてきた政府答弁は、完全に裏切られています〉(同前)。哀しいかな、これが大阪カジノの実態だ。それでも開催地が夢洲でなければまだマシだった。
② 夢洲は軟弱地盤のゴミ捨て場。
大阪湾上の夢洲は産業廃棄物、浚渫土砂、建設残土などの廃棄場として造成された場所、つまり現役の「ゴミ捨て場」である。豆腐状と表現されるように、当然ながら地盤は弱く、この上に建物を建てるには莫大な費用をかけて杭を打つしか手はないが、それでも地盤沈下や地震の際の液状化リスクは避けられない。
夢洲の問題点はまだまだある。人工島なので侵入ルートも限られており、夢洲へのアクセスは隣の舞洲から入る橋一本(夢舞大橋)と、咲洲と夢洲を結ぶトンネル一本(夢咲トンネル)しかないこと(万博開催中の交通渋滞は必至で、府市はシャトルバスでのピストン輸送をするといっている)。現役のゴミの投棄場であるため、夢洲を潰したらゴミの持って行き場がなくなること(他の自治体に委託すれば大阪市民はゴミ処理の有料化を強いられる)。土中にPCB汚泥などの有害物質が埋まっている可能性があること(現在もメタンガスを抜くパイプが埋め込まれている)。
どう見ても夢洲を選ぶ利点はない。にもかかわらずここが会場に選ばれたのは、1983年の「テクノポート大阪」計画にはじまる「ベイエリアの活性化」に松井がこだわったためらしい。重化学工場の誘致から五輪招致まで、大阪湾岸の開発は失敗を繰り返してきた。その負のイメージを払拭したい。〈万博会場としてはいかに不適格であっても、これまでの開発プロジェクトとIR・カジノを動かすためには夢洲でなければならなかったのです〉(同前)。
万博の裏では医療崩壊
合理性のかけらもない万博に、とどめを刺すのが財政問題だ。
③ 維新のデタラメ財政政策。
他の自治体と同様、大阪府市も財政難に悩まされてきた。コスト削減策として、90年代の山田勇(横山ノック)知事・2000年の太田房江知事時代から進められてきたのが人権費の削減、すなわち職員の削減と給与カットだ。橋下徹ら維新府政はこれをさらに徹底させ、1989(平成1)年から2018(平成30)年までの30年間で、一般行政部門の職員は半減、教育部門の職員も半減。人口10万人あたりの府職員の数は96人で四七都道府県中最低(16年度)。維新が目指す「日本一のスリムな組織」となったが、それがどんな結果を招いたかはコロナ禍で明らかになる。
20年〜23年のコロナ下において、人口100万人あたりの大阪府の感染者数は全国二位(一位は沖縄県)。死者数は752.9人で全国一位になったのだ。この件については大阪社会保障推進協議会『大阪のコロナ禍3年を検証する』に詳しい。
21年3〜5月、第四波のときに〈大阪市では病床使用率、重症病床利用率が100パーセントを超え、陽性者に保健所から連絡が来るのが1週間以上かかり、入院が必要な患者が救急車に乗っても入院先が見つからず何時間も待機する、そして在宅療養中に急変して亡くなる方も出てくるという、まさに医療崩壊が起こりました〉。
背景には府市の保健行政の大幅な縮小があった。00年に61あった保健所は20年には三分の一の18に減少。大阪市に至っては二四か所から1か所に減らされた。〈もし2000年当時の保健所数がそのまま維持されていれば、きっと大阪のコロナの死者数や感染者数も違う結果が出たんじゃないかなと思います〉。
今から思えば、このタイミングで万博を中止にすればよかったのだ。実際、コロナ禍によって万博とIR計画は先行きが怪しくなり、20年に予定されていたドバイ万博も一年延期された。
24年、大阪万博の受難はまだ続く。1月1日、能登半島地震が発生。万博は中止し、人員や資材や重機を被災地の復興に回すべきだという声が高まっている。性加害疑惑が報道されて、大阪万博アンバサダーの松本人志は活動休止に追い込まれた。工事の遅延に鑑みて開催はもう不可能という意見も多い。安倍首相は福島を利用して東京五輪を「復興五輪」と位置づけた。維新もまた能登の地震を利用して「復興万博」といいかねないのが恐ろしい。
【この記事で紹介された本】
『政治家の喧嘩力』
松井一郎、PHP研究所、2023年、1760円(税込)
〈信念なき「馴れ合い政治」との闘争20年〉(帯より)。2003年の統一地方選で初当選、自民党府議になるも、党を割って出て、10年、橋下徹を代表とする大阪維新の会を発足させた。それから大阪府知事、大阪市長などを経て、23年4月に政治家を引退するまでの10年を自慢たらたらに語った本。安倍・橋下らとの強い絆が強調される一方で、万博招致の裏話が暴露されている。
『カジノ・万博で大阪が壊れる――維新による経済・生活大破壊』
桜田照雄、髙山新、山田明、あけび書房、2022年、1760円(税込)
〈止めねば大阪が壊れる!〉(帯より)。著者の三人は、経済学(桜田)、財政学&地方財政論(髙山)、地方財政&地域政策論(山田)を講じる研究者。反維新政治の立場から、IRカジノ解禁への経緯、事業計画の杜撰さ、カジノの経済効果、大阪府市の財政などを検証し、大阪万博の問題点を指摘する。整理のよい本とはいえないが、文中に挙げた二冊と併読すれば何が問題かはわかる。
『大阪のコロナ禍3年を検証する――医療・保健所・介護・保育・障がいの現場から』
井上美佐ほか、日本機関紙出版センター、2023年、1320円(税込)
〈新型コロナ禍から3年。コロナ死者数が全国最多となった大阪〉(カバーより)。2022年11月の市民公開シンポジウムをまとめた本。コロナ禍におけるそれぞれの現場の苦闘を通して、大阪府の人員削減政策や医療費抑制政策が、非常時にどんな結果をもたらすかが浮かび上がる。大阪の医療崩壊は、国と地方自治体が積み重ねてきた政策が表面化したものだ、という指摘が重い。