ちくま文庫

第一章〈地球〉

オラフ・ステープルドン『スターメイカー』ためし読み

オラフ・ステープルドン『スターメイカー』(浜口稔訳)より、第一章〈地球〉をためし読みとして公開します。アーサー・C・クラークやスタニスワフ・レム、J・L・ボルヘスをはじめ多くの作家に絶賛され、多方面に影響を与えてきた伝説の作品が、このたび全面改訳のうえ、ちくま文庫となりました。ぜひお読みください。

1 発 端

 ある夜、わたしは生の苦さが身にこたえて、家を出て丘にのぼった。闇のなかのヒースが歩くにはじゃまだった。眼下には郊外の街灯が列をなしていた。カーテンが引かれた窓という窓は、数ある夢の生活を内観するための閉じた目であった。真っ暗な海上の彼方で灯台の光が脈動していた。頭上には、茫漠たる闇。
 荒々しくも苦々しい世界の流転のうちに、わたしたちの家が小島のようにくっきりと浮かんでいた。十五年のあいだそこで、ずいぶん気性の異なったわたしたち二人は、複雑な共棲関係のもとで、ともに支え育み合うために、お互いのなかへ、なかへと入っていった。そこにおいて日々、いくつもの計画を立て、その日の変わったことや苛立だたしいことを語り合った。そこには返事を書く予定の手紙や、繕わなくてはならない靴下が山のようになっていた。そんななかで、あの不意の新たな生命である子どもたちが生まれたのだ。そんな家のなかで、ときに激しくぶつかり合うわたしたち二人の生は、ありがたくもその間ずっと、一つの、どちらかひとりでいるよりは大きく、さらに目覚めた一つの生となっていたのである。
 確かに、このすべてが申し分なかった。とはいえ、苦いものではあったのだ。そして苦さは世界からわたしたちへと押し寄せてきただけでなく、わたしたち自身の魔法円からも湧いてきた。わたしたちの虚しさ、わたしたちの儚さに対する慄きのゆえに、わたしは丘の上へと駆り立てられてきたが、単に世界が狂っているからだけではなかった。
 わたしたちはいつでも、日常の些事をせわしなくてきぱきこなしていたが、それもとどのつまりは実体のないものであった。ことによるとわたしたちは、自らの存在すべてに思い違いをしてきたのではなかったか。言ってみれば、間違った前提をもとに生活していたのではないのか。そしてとりわけ、世界において活動するための、見た目には実に堅固な支柱をなすわたしたちの共同関係は、結局はそれ自体は存在の深さも意味もない巨大な潮流のおもてで無益に渦を巻く、自己満足的で内向的な家族本能を源とする、ちっぽけな渦にすぎなかったのではないのか。ひょっとするとわたしたちは、結局は自らを欺いてきたのではなかったか。その心うばわれる窓のなかで、ほかの多くの人たちと同様に、わたしたちも実際には夢に生きていたのではなかったのか。病んだ世界にあっては頑健な者も病んでいる。そしてほとんど明確な認識をもつことなく、ほとんど堅固な意思を抱くこともないまま、たいていは機械のようにささやかな生を紡いでいたわたしたち二人は、病んだ世界が生み出したものであったのだ。
 とはいえ、このわたしたちの生は、まったく不毛なばかりの幻想ではなかった。それは、わが家を出たり入ったりするものすべて、郊外と都会、遠方の都会の数々、遠い地の果てを結ぶわたしたちの往来もろともに、わたしたちが拾い集めた現実という実際的な繊維の数々で紡がれてはいなかったか。そしてわたしたちは自らの本性のあるがままの表現をともに紡いでいたのではなかったか。わたしたちの人生は、多少なりとも活発に生きていることの確かな糸として日々生起し、人類という成長し続ける織物、つまりは入り組んだ、絶えず増殖していく絵柄へと織り上ったのではないのか。
 わたしは「わたしたち」について、おだやかな関心と、ある種の喜ばしい畏怖を抱きつつ考えた。わたしたちの関係は、どうしたら感傷で安っぽく飾り立てて品性を落としたり卑しめたりすることなく描き出せるだろうか。依存しつつ自立するという、この微妙な均衡、この冷静なまでに批判的な、またずる賢くて悪戯っぽい、それでいて愛に満ちた触れ合いは、確かに真の共同体の縮図であり、結局のところは、その単純なあり方においても、世界が追い求める、かの気高き目標の生きた実例であったのだ。

 全世界? 全宇宙? 頭上の薄闇から星が一つ姿を見せていた。幾千年か分からぬ昔に放たれた、一つの震える光の矢。それが今わたしの神経組織を刺激して幻覚(ヴィジョン)をもたらし、わたしの心を慄きで満たした。このような宇宙にあって、わたしたちの偶発的で脆弱で儚い共同体に、いかなる意味がありうるというのか。
 しかし今や、苛立たしいことに、遠くにあるというだけで誤って神聖視されている、火炉にすぎぬその星ではなく、その星とわたしたちの恐るべき対比のゆえに心に意味深く及んできた別のなにかへの、ある種ふしぎな崇拝に、わたし自身が取り憑かれていたのだった。では、いったいいかなる意味があったというのか。その星よりさらに遠くを視ても、知性ではスターメイカーは見つけられなかった。闇があるのみであった。〈愛〉も〈力〉さえもなく、ただ〈無〉だけであった。それでも心は讃えたのだ。

 堪えきれなくなり、わたしはこの愚かしい考えをふりはらい、底知れぬ深みから身近な現実へと戻った。崇拝、恐怖までも、さらには苦さも念頭から追いやり、もっと冷静に、この際立つ「わたしたち」を、つまりは星たちとの関係ではささやかな存在でしかないだろうが、わたしたち自身からすれば、宇宙にとっての基礎となる、この驚くほど印象的な所与(データ)を吟味することに決めたのである。
 わたしたちを卑小なものにする宇宙的背景を考えに入れなくても、考えてみれば、結局わたしたちは、意味のない、おそらくは愚にも付かぬ存在であった。実にありふれた、実に尊ぶべきできごとであった。わたしたちは過度にはりつめることなく、どうにかやりくりして生きていた夫婦にすぎなかった。わたしたちの時代にあっては、結婚は疑わしいものであった。そして月並みなロマンスではじまったわたしたちの結婚もまた、輪をかけて疑わしいものであった。
 わたしたちがはじめて出会ったのは、妻が子どものときであった。互いの目と目がふと行き合ったのだ。妻はちらりとわたしに控え目な注意を向けた。わたしはといえば、漠然と心の奥底からの認識を抱きつつ愛(ロマンス)を夢見ていた。いずれにせよ、その姿にわたしの運命を見てとったのである(青春の情熱に駆られて、そのように自らに言い聞かせた)。そう! その結びつきは、どれほど運命的なものに感じられたことか! しかし今にして思えば、なんという偶然であったことか! もちろんわたしたちは、長く連れ添った夫婦として、互いを捻じ曲げたり支えたりしながら、それぞれの幹を伸ばして一つの幹へと成長してきた二つの身近な樹のように、ずいぶんうまく馴染んでいたことは確かである。冷やかな言い方になるが、今やわたしは妻のことを、わたしの私的な生に有益なだけでなく、ときに腹立たしくもなる助力者のようにみなしていた。概してわたしたちは、互いに分別のある伴侶であった。互いをあまり束縛せず、それにより身近すぎる距離を我慢できたのである。
 そんなところが、わたしたちの関係だった。こんなふうに言ったからといって、それが宇宙の理解にとって格別意味があるとは思われなかった。それでも心のなかではそうだと思っていた。冷やかな星たちを見ても、どこまでも広漠たる宇宙全体を考慮に入れても、このようなわたしたちの讃えられるべき共同体的原子が、ごらんのように不完全で間違いなく短命であるけれども、無意味であるとはとうてい信じられなかったのである。
 とはいえ、この名状し難いわたしたちの結びつきに、ほんとうにそれ自体を超える意味がありえたのだろうか。たとえばその結びつきは、すべての人間の本性が、憎んだり恐れたりするよりも愛することにあることを証していたのか。世界中のあらゆる男女は、置かれた環境に制約を受けながらも、世界を覆う、愛に織り上げられた共同体を心底から支えうることを証していたのか。そしてさらにその結びつきは、それ自体宇宙がもたらしたものであり、愛が宇宙そのものの原理であることを証していたのか。またその結びつきに感取される内面の卓越性をとおして、その結びつきを弱々しく支えるわたしたち二人が、ある意味で永遠の生を担っているに違いないことを、どうにか約束するものであったのか。実際その結びつきは、愛が神であり、そして天国でわたしたちを待つ神であることを証していたのか。
 そうではない! なによりも尊ばれるべきではあるが、家庭的で、心地よく、腹立たしく、笑いの絶えない、わたしたちの神霊的共同体は、そのようなことをなに一つ証してはいなかった。その結びつきは、それ自体を不完全に正当化する以外なにも保証するものではなかった。存在そのものに潜んでいる多くの可能性の一つの、実に卑小な、実に明るく映える縮図にすぎなかった。わたしは見えない星の群れを想い描いた。人間界の憎悪と恐怖と過酷さを想い起こした。そして妻とたびたび奏でた不協和音も思い出した。わたしたちは一陣の風が静かな水面に描いたさざ波のように、たちまち消えてしまう定めにある、そんなことも思い出されたのだった。
 ふたたび、星の群れとわたしたちとの奇妙な対比が、わたしの知覚するところとなった。コスモスの測り知れない潜在力が、わたしたちという共同体の一瞬のひらめきの正しさを、そして人類の束の間の危うい冒険の正しさを、神秘的なまでに高めてくれた。そして逆にこれらのことが、コスモスを活気づけたのである。

 わたしはヒースに腰をおろした。頭上の薄闇は今やすっかり退いていた。その背後で暗い覆いを取り払われた天空の群落から星が一つ、また一つとまたたき出した。
 どこを向いても、影のような山々か、おそらくは特徴のない海が、見はるかす彼方へと延びていた。しかし鷹のように天翔ける想像力は、山々と海が地球を這うように視野の向こうへと延びていくのを追った。太陽の光と、闇のなかで回転する、水と空気の膜に覆われた、岩石と金属から成る小さな丸い粒の上に、自分がいるのを感じた。そしてその小さな粒の皮膜の上の人間の群れのすべてが、世代から世代へと、ときどきに歓喜を、ときどきに神霊の光明を抱きながら、懸命かつ闇雲に生を重ねてきたのだ。そして人類の歴史はおしなべて、数多くの民族の移動、帝国、哲学、誇らしげな科学、社会革命、共同体への高まりゆく願いもろともに、星たちの一生の或る日に弱々しく明滅する光でしかなかった。
 あのきらめく天の群星のそこかしこに、ほかにも神霊が宿る岩石と金属の粒が存在するのか、そして知と愛を求める人間の探索は、ただ一つの無意味なふるえでしかないのか、それとも全宇宙的な運行の一部なのか、それを知ることができればと願うのだ!

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