東 私もきのう『春原さんのうた』を(ネットにある映画関係者向けのサイトで)あらためて観たんですけれども、すごく私の世界観を大事にして、私の世界観として広げてくれてる、って感じました。
杉田 そうでしたか。これ、今まで言わずになんとなくそっとしておいたんですけど。映画のタイトルを『春原さんのうた』にしたのは、『春原さんのリコーダー』にすると、歌集全体が原作っていうふうに誤解されると思って、それを避けるためなんです。この膨大な量の短歌が原作の映画だとは、さすがに、嘘つけないというか。
東 でも、短歌が一人称的だったり三人称的だったり、よくわからない主体ばかりですけど、そこに貫かれてるのは私が考えたことなので。全体の孤独好きな感じとか、そういうのを捉えてくれてるんだなと思いました。だんだん、(春原さん役の)新部(聖子)さんの横顔が、自分の横顔のように見えてくるようなところもあって。
杉田 ああ、なんていうことでしょう。
東 そんなこと言ったら、新部さんに怒られそうですけど(笑)。
杉田 いやいや、きっとうれしいと思います。
枡野 東さんがカメオ出演で、どこかに出てらっしゃるって知ってたんだけど、なんだかどの人も東さんに見えてきちゃいましたよ。
東 そうですか。
枡野 「この人が東さんかな?」「この人が東さんかな?」って、ずっと思ってました。マスクしてるし。
杉田 (笑)⋯⋯今、東さんのお言葉、すごくありがたくて。じつは春原さんの短歌以外にも、いくつか思ってる短歌は、あるんです。
枡野 思ってる短歌⋯⋯映画にイメージをこめた短歌?
杉田 《夜が明けてやはり淋しい春の野をふたり歩いてゆくはずでした》、これ、じつは『春原さんのうた』の私のなかでの裏の原作です。ちょうど原作の短歌の真裏に印刷されてるんです。
枡野 わかる気がする。
杉田 だから、国内版のポスタービジュアルは春の野で撮ってるんです。
東 そういえば、映画の世界は夏なのに⋯⋯。
杉田 そうなんです。
東 そういうことなんですね。それで、わざわざ撮り直されたんですね。ほんとうに、すてきですよね、ポスタービジュアル。
杉田 あれを撮るためだけに、また泊まりで地方に行ったんです。
枡野 すごい。(笑)
杉田 そうそう、それで、どうして私が春原さんの一首を選んだかって、やっぱり無意識かもしれないと思ってて。私自身が今までつくってきた作品って、だいたい、もう会えない人がいるんですよ、映画の中に。
枡野 たしかに、そうですね。
杉田 それは私が自然と選んでいることで、この転居先不明の短歌も、そのものですよね。
東 そうですよね。もう会えないってことを、決定づけるっていうこと。
杉田 だから、私自身が東さんの短歌のそういう部分にひかれたっていうのもきっとあるんだろうなっていうのは、最近気づいたことです。海外の映画祭を回って、いろんな質問を受けて答えてるうちに、自分で気づきました。
東 『ひとつの歌』も『ひかりの歌』も、喪失感っていうのが大きなテーマでしたもんね。大切なものを失った人が、別の何かを探していくみたいな。
枡野 そうですよね。ただ、『春原さんのうた』は比較的、杉田監督の作品の中では明るさがありますよね、本当は喪失感があるのに。
東 映画全体としては。
枡野 悲しいことがあったあと、っていう感じだからなのかな。回復していく段階の映画ですもんね。
東 そうですね。
枡野 きのう、『春原さんのうた』を観ていたら、「この映画に自分は出たことがある」っていう気持ちになり始めて、それは何かと考えたら私、『くじけないで手紙を書いた』って映画に出たことがあるんですよ。私が10年前に『くじけな』(文藝春秋)っていう詩集を出したとき、杉田監督がいつものチームで撮ってくださった、あの映画の手ざわりが、この映画にもあって。電車のシーンとか⋯⋯。
杉田 枡野さん、すごい、本当、そうですよ。『春原さん〜』に近いのは、あの映画かもしれないです。手紙も書いてますし。
枡野 だから、自分の場合は短歌じゃなくて、詩を映画に撮っていただいたんだなってことを、しみじみと思いました。
杉田 あれって2011年の5月だったんですよ、撮影。
東 震災直後ですね。
杉田 そうなんです。
枡野 詩集自体にも震災が出てくるんです。
杉田 あの年の5月は、まだ東京の人たちもおそるおそる外出してるような時期で、だから、なにか近い状況があったかもしれないです、今回と。
東 それは杉田さんが、枡野さんの『くじけな』で自主映画を?
杉田 はい。枡野さんの詩集が刊行されることになって、私なりにお祝いをしたかったんです。ご本人にとても負担になるお祝いですけど。(笑) 枡野さん自身がその詩集を漫画家のおかざき真里さんとか俳優の金子岳憲さんとか、友人たちに手渡しするために会いに行く、っていうドキュメンタリーです。
おなかがすく映画です
枡野 あの映画の撮影のときも、杉田監督は美味しいものをたくさんごちそうしてくれました。杉田監督の映画って、出てくる食べ物がみんな美味しそうなんですよね。
東 ほんとに美味しそうです!
杉田 まだ夕飯は食べてないだろうな、というくらいの時間帯に上映されるときは、舞台挨拶で「絶対おなかがすくと思います、ごめんなさい、先に謝ります」って言って。
一同 (笑)
杉田 映画の中の人が、やたらと食べてるんですよね。『春原さん〜』では海外の人も、どら焼きを食べたくてしょうがなくなるんじゃないかなと思って。
枡野 どら焼きを、映画館で売ったらいいんじゃないですか?
東 確かに、けっこう、売れるかも。
枡野 「春原さんどら焼き」をつくって、売ればいいと思いますけど。そんなに難しくないと思いますよ、どっかの会社と組んで。
東 「春原」と書いてある、どら焼き。
枡野 そう、焼印がある。
東 転居先不明の判が焼印で(笑)。
枡野 それ、いいと思うな。映画館、ポレポレ東中野だったら、できるんじゃないかな。カフェも併設されてるし。
杉田 (笑)
東 カフェで出すっていいかもしれない。どら焼きと、ナポリタンと。
枡野 ナポリタン食べたくなりますよね。あと、せっかく春原さんの短歌がいろんな国の言葉に翻訳されたんだから、いろんな国の言葉で短歌をプリントした、グッズをつくるといいような気がします。
東 それ、たのしそう。
枡野 短歌クリアファイルでもつくるといいんじゃないでしょうか。
東 すてきですね。私が欲しい(笑)。
杉田 お金が稼げたら。
枡野 映画賞で賞金をもらったら。
杉田 じゃあ、キノコヤ(『春原さんのうた』の舞台となった実在のカフェ)で販売してもらいます。
枡野 そうしてください。聖蹟桜ヶ丘はちょっと遠いけど、キノコヤ、ぜひ行きたいですね。
(おわり)