『春原さんのリコーダー』

杉田協士監督『春原さんのうた』
(原作/東直子『春原さんのリコーダー』)
をめぐる座談会
第3回 人生にくらべたら映画も短歌も短い 

短歌が原作となる映画はまだ少ないが、杉田協士監督は前作『ひかりの歌』に続き、東直子のデビュー歌集『春原さんのリコーダー』を元に『春原さんのうた』を製作した。なぜ、この歌集の中の1首を選んだのか? 短歌の映画化にも詳しい枡野浩一と共に二人に話を伺った。

 もしかして今は短歌ブーム?

枡野 短歌ってもしかして今ちょっとブームなんでしょうか。昔書いた『ショートソング』(集英社文庫)っていう、短歌の出てくる小説がまあまあ売れて、それを映像化したいっていうお話が当時10くらいあったんですけれども、結局ひとつも実現しなかったんです。

杉田 『ショートソング』の映画化は難しいと思います。小説としての純度が高いと言いますか。同じように枡野さんの短歌も。私も前に、自分だったらできるだろうかと真剣に考えてみたことがあるんです。前に枡野さんが、いつも夢を映像じゃなくて文字で見るって言ってたんですけど⋯⋯。長くなるので、それはまたの機会に話しますね。

枡野 はい。ちなみに、そのころ映画化に関して一番熱心だった、原田泉というプロデューサさんは今、「かき氷評論家」になってしまいました。夏になって、かき氷の本を書店で見るたびに、苦い記憶が。原田さんの映画企画は事情があって、こちらからお断わりしてしまったので。

一同 (笑)

枡野 ただ最近、立て続けに短歌が映画化されるようになったのは、短歌自体が前よりは広く受け入れられるようになったからかもと。

 そうですね。たとえば穂村弘さんと私の共著『回転ドアは、順番に』の文庫化も「短歌はちょっと」っていう感じでなかなか企画が通らなくて。でも、やっと筑摩書房さんから文庫を出していただいて、市場に出てみると、好きになってくれる人はたくさんいて、地道に重版しています。

——「歌集は自費出版」っていうイメージが強かった時代もありましたからね。筑摩書房では穂村弘さん、東直子さん、枡野浩一さんと、短歌の本もいろいろ出してますけれども。

 短歌は売れないって決めつけられてる部分が、ずっとありましたね。ここ5年ぐらい⋯⋯7、8年かな? ちょっと変わってきた印象です。書肆侃侃房が「新鋭短歌シリーズ」を出したら、重版を重ねる人もいて、ナナロク社とか、左右社とか、ほかの出版社でも若い人の歌集がどんどん出るようになってきて、だいぶ変わってきたな、っていう印象はあります。

枡野 本当ですよね。私がTwitterに短歌を載せ始めたころなんて、自作短歌を載せてる人なんて見かけなかったですよ。今はTwitterで若者が短歌を知って、ちょっと始めてみました、みたいなノリ。短歌の本をよく出している左右社の編集者(筒井菜央)さんが、《若者に「もしかして短歌っていま流行ってるのかな?」って聞いたら「流行ってますよ!最近のシティボーイはスパイスカレー作るか短歌作るかですよ」と断言された。まじか。》ってツイートしたら、バズってました(約2.8万件の「いいね」)。

 すごいですね。今は、短歌を詠むってことを、そんなに特殊だと感じていない人も増えてきて。もしかしたら、もともと、そうだったんじゃないか、とも思うんですけど。

枡野 今は芸人さんとかも、短歌好きな人がいますよね。又吉直樹さんはもちろんですが、有吉弘行さんとか、「スキンヘッドカメラ」の岡本雄矢さんとか。東さんもよく交流のある「かが屋」の加賀翔さんとか。

 そうですね。(杉田協士監督の前作)『ひかりの歌』が上映されたときも、短歌が好きな人もたくさん観に行ったし、そうではない人も、出てくる短歌を自然に受けとめているって印象がありました。短歌だから特殊な映画っていう感じではなくて、その世界が好きで、そのもともとのタネが短歌であるっていうところが、とても自然に受け入れられた最初の映画なんじゃないかなって思いましたけど。

杉田 それ、タイミングがよかったのかもしれないですね。『ひかりの歌』は小さいながら、評判になってくれて広がったんですけど、始まる前はそういうことになるなんて正直思えてなくて。出演者も有名なかたは一人も出てないし、私も無名だし、観に行きたいって皆さんが思う要素はたぶんあんまりないっていう。

一同 (笑)

枡野 しかもけっこう、完成までに時間がかかりましたよね。短編4つをくっつけて、ひとつの長編映画にまとめたから⋯⋯。

杉田 2年かかりましたね。短歌に、若い人たちが親しむようになったという空気と、合ってたのかもしれないです。やっぱりもともと短歌が好きなかたとか、実際、ご自身が短歌を詠んでるかたとかも観に来てくれました。

 主人公が4人もいるし、それぞれの思い入れを観た人がふくらませていたような感じで、熱かったですよね。Twitterとかで出てくる感想が。

杉田 はい。有志の歌人のみなさんが、自分の好きなエピソードについて短歌を詠んで、それを印刷して小冊子にして、関係者にプレゼントしてくれたりしました。

枡野 あれは歌人の本多真弓さん(六花書林より歌集『猫は踏まずに』刊行)とかですね。

 本多さん、何回も観に来てましたよね。

杉田 そうなんですよ。何回ご覧になったんでしょう、ありがたかったです。私はたぶん、今の時点では一番、短歌を映画にしている人だと思うんですけど⋯⋯。

枡野 第一人者ですね、短歌映画の。

杉田 これまでやってきた実感からですが、短歌と映画は相性いいです。本当に。つくりかたが、似てると思うんですよね。⋯⋯あ、枡野さんの短歌はちょっとちがうと言いますか、また別の特殊な要素があって、やっぱりいったん横に置かせていただいて(笑)。

枡野 (笑)

 
        photo:杉田協士

2021年12月24日更新

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杉田 協士(すぎた きょうし)

杉田 協士

1977年、東京生まれ。映画監督。
2011年、初長編『ひとつの歌』が第24回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門に出品され、翌年に劇場公開。2019年、加賀田優子・後藤グミ・宇津つよし・沖川泰平の短歌を原作としたオムニバス長編『ひかりの歌』が劇場公開。「キネマ旬報」をはじめとする各紙誌での高評価や口コミでの評判を得て全国の劇場へと広まる。
東直子の第一歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)の表題作にあたる一首、《転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー》を原作とした最新長編『春原さんのうた』は2021年、第32回マルセイユ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門にてグランプリ、俳優賞、観客賞を獲得するなど海外での受賞が続いている。2022年1月8日よりポレポレ東中野ほかで公開開始。
自作映画をもとにした小説『河の恋人』『ひとつの歌』を文芸誌「すばる」(集英社)に発表するなど、文筆でも活躍が期待される。

東 直子(ひがし なおこ)

東 直子

1963年広島生まれ。歌人。歌誌「かばん」所属。短歌のみならず小説、戯曲、イラストレーションも手がける。
1996年、短歌連作『草かんむりの訪問者』で第7回歌壇賞受賞。同年に刊行した第一歌集『春原さんのリコーダー 』(本阿弥書店/ちくま文庫)が『春原さんのうた』として映画化。
第31回坪田譲治文学賞受賞の小説『いとの森の家』はNHKでドラマ化。ベストセラーとなった小説『とりつくしま』(ちくま文庫)は劇団俳優座によって舞台化されている。
表紙イラストレーションも提供した、佐藤弓生・千葉聡との共編著である短歌アンソロジー『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)には枡野浩一も参加。
第二歌集『青卵』(本阿弥書店/ちくま文庫)ほか著書多数。穂村弘との『回転ドアは、順番に』(全日出版/ちくま文庫)など共著も多数。最新刊は絵本『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子/岩崎書店)。

枡野 浩一(ますの こういち)

枡野 浩一

1968年東京生まれ。
音楽ライター、コピーライターを経て、1997年『てのりくじら』(実業之日本社)他で歌人デビュー。
短歌小説『ショートソング』(集英社文庫)は小手川ゆあ作画で漫画化され、漫画版はアジア各国で翻訳されている。短歌入門『かんたん短歌の作り方』(ちくま文庫)など著書多数。
杉田協士監督の長編映画『ひかりの歌』に出演したほか、五反田団、FUKAIPRODUCE羽衣などの舞台出演経験も。最後に出した短歌作品集は2012年、杉田協士の撮り下ろし写真と組んだ『歌』(雷鳥社)。
昨今は目黒雅也の絵と組んだ絵本を続けて出版しており、最新作は内田かずひろの絵と組んだ童話集『みんなふつうで、みんなへん。』(あかね書房)。
ライターとして今回の座談会の構成も担当。

関連書籍

直子, 東

春原さんのリコーダー (ちくま文庫)

筑摩書房

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