ちくま新書

「縄文vs.弥生」という視点

『縄文vs.弥生――先史時代を九つの視点で比較する』「はじめに」

縄文と弥生、教科書にも出てくる二つの時代は実際にはどのようなものだったのか。格差、ジェンダー、通過儀礼など9つの視点で読み解く『縄文vs.弥生』より「はじめに」を公開いたします。

 「縄文vs.弥生」という視点
 東北、北海道の縄文遺跡群が世界遺産に登録された。西日本に残された弥生時代の遺跡群も黙ってはいられないだろうが、西日本の弥生遺跡の登録は難しいかもしれない。なぜならば都市開発が進んでしまい、残りのよろしくない遺跡が多いからである。首都圏の大きな弥生遺跡のまわりはビルが立ち並び道路が走るなど、景観をそこねるマイナス点も目につく。
 それに対し、登録された東北地方、北海道の縄文遺跡の多くは歴代の首都や文明の表舞台からは遠いことが幸いして、奇跡のようにありし日の姿をしのぶことができるのである。それでも大阪府の百舌鳥古墳群などは、大都市圏にありながらも世界遺産になっているではないかと思われるかもしれない。しかし、それは宮内庁が管理してきたという特殊な経緯があるからで、こうした環境が守られてきたことも、ある意味で奇跡的といってよい。
「縄文vs.弥生」という視点は、現代文明の成り立ちを考えるうえでも大変示唆的で、奥深い。日本列島における現代文明の基礎の多くは弥生文化によって築かれた。農業(水田稲作をはじめとする穀物栽培)、人口増加、権力(支配、被支配の関係)、権力闘争がからんだ政治、戦争、金属器生産のハイテク技術、外交(大陸との交渉)など、いずれも弥生時代に由来する。また、遺跡の景観を損ねている都市化の問題も、弥生時代に端緒がある。
 それを基軸として歴史の歯車が回っていったのは、人々がよりよい暮らしを求めて突き進んだ結果である。現代文明に進歩的な思想が根付いてよりこの方、いつの時代でも歓迎されてきたのはテクノロジーの進化と競争社会であり、それによる産業革命やIT革命などを経て便利で暮らしやすい世の中も実現した。
 その一方で、新たに背負い込んだやっかいごとも多い。上記の項目をみただけでも、文明の基礎になる弥生文化は既に文明社会に特有の病理をはらんでいることに気づく。弥生文化という新しい文化は、これらの負の遺産を内在した仕組みがセットされていた点に大きな問題があるといえよう。
 都市化を目指したのが弥生文化であれば、北の縄文文化とは対照的な歴史を歩むことになったのは必然であり、世界遺産に寄せて思い浮かんだ、東と西が行きついた結末の違いに、縄文文化と異なる弥生文化の性格がはしなくも表れているであろう。
 しかしながら、弥生文化にはその下地となる様々な事柄が、縄文文化から伝承された。魚や獣をとる技術、植物に対する知識、食料加工の技術、土器づくり、黒曜石の利用、漆工芸、竪穴建物の技術など、それらは主に民衆のスローで伝統的な生活の分野において、新たな文化と社会を支えたであろう。
 弥生文化は縄文文化がなくては成り立たなかった。というよりも、それがなければ今残されている弥生文化とは相当隔たったものになっていたに違いない。
 かつて、先史考古学の山内清男は、弥生文化が「大陸系の文化要素」と「縄文系の文化要素」、そして「固有の要素」の3つから成り立っているという構想を示した。みんな賛成したが、どうしても華やかなイメージの大陸文化に目がいきがちで、縄文系の要素は研究がそれほど進んでいるわけではない。
 本書はこの点に鑑みて、縄文文化と弥生文化を比較しつつ、弥生文化に残されている縄文文化の要素にも留意して書き進めていく。あまり華やいだものにはならないかもしれないが、便利なもの、きらびやかなものを追い求める一方で失われてしまった大事なものに光が当てられれば幸いである。

 本書の構成
 本書は10章からなるが、「生業(Ⅰ:経済活動の基本原理)」「社会(Ⅱ:ライフヒストリーと社会)」「精神(Ⅲ:文化の根源・こころの問題)」の三部構成とした。「生業」に関して、第1章で縄文時代と弥生時代の分水嶺になった農耕を、第2・3章で縄文時代の基礎的な生業である漁撈と狩猟を取り上げる。「社会」については、第4章でイレズミや抜歯などの通過儀礼を、第5章で通過儀礼の延長線上にある祖先祭祀を、そして第6章で社会のなかの不平等問題を扱う。さらに「精神」について、男女のコスモロジーを第7章で、造形品にみる空間意識と土器にみる精神性を第8・9章で論じる。そして終章で全体を総括して、本書で言いたかったことをまとめてみたい。
 なお、年代は縄文時代晩期とか弥生時代前期というように表記するのが望ましいが、縄文晩期、弥生前期などと省略する。縄文時代は6期に、弥生時代は4期に区分されているが、それぞれの時期の始まりの実年代を、縄文時代は小林謙一の業績〔小林2019〕にもとづいてあらかじめ整理しておく。

縄文草創期:約15000年前   弥生早期(北部九州地方):紀元前9世紀
縄文早期:約11300年前    弥生前期(北部九州地方):紀元前8世紀
縄文前期:約7000年前    弥生前期(近畿地方):紀元前7~前6世紀
縄文中期:約5400年前    弥生前期(伊勢湾地方):紀元前6~前5世紀
縄文後期:約4500前     弥生前期(東日本):紀元前5~前4世紀
縄文晩期:約3200年前    弥生中期:紀元前5世紀
              弥生後期:紀元1世紀
 

 

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