ちくま新書

政治家や官僚にはできなくて、「普通のあなた」にできること

NPO法人フローレンスの理事であり、「政策起業家」としても活動する著者と、フローレンスのこの10年にわたる活動をまとめたアツい1冊。個人やNPOが政治に働きかける方法、その後政策がどう決まるのかも詳細なエピソードを交えて紹介されています。「これは、おかしい!」と思うことがあれば、ぜひこの本を開いてみてください。きっと、社会を変えられます。1月刊行のちくま新書『政策起業家』の「プロローグ」を公開します。

プロローグ
「あなたのような政策起業家にお会いできて光栄ですよ」
 元朝日新聞社主筆で著名な評論家でもある船橋洋一氏は、ふかふかのソファに深く腰を下ろしながら言った。
 うっかりジーパンとTシャツに二日酔い気味のボサボサ頭で、30歳以上年上の偉い人との対談に来てしまった僕は、ちょっと状況が飲み込めずに額をさすった。
「あなたはNPO経営者、つまり民間人の立場から、いくつも法律を変えてこられた。新たな法律を作ることに関わられたこともある。政治家や官僚でもないのに」
「あ、はあ。まあ、そうっすね。ええ」
 我ながら、随分間の抜けた返事だ。駅からダッシュで走ってきたから、この対談の企画書もよく見てこなかった自分に頭突きしたい。そもそも昨日マッコリを飲みすぎていなけれ……
「アメリカでは、そうした人々のことを、『政策起業家』(Policy Entrepreneur)と言うんですよ」
 船橋氏はずっしりとした低い声で、それでいて微笑みを浮かべながらそう言った。
「官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、公のための課題意識のもと、専門性・現場知・新しい視点を持って課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響力を与える個人のことを『政策起業家』と呼びます。
 アメリカでは自らシンクタンクを立ち上げたり、政策をセクターを超えて討議するフォーラムを設定し、その場に官僚や政治家を巻き込み政治的モメンタムを起こし、そして政策を実現したりする、という政策起業家がたくさんいます。
 翻って日本では、シンクタンクが省庁の調査下請けかシステム開発会社になっており、ダイナミックな政策提案と政策実現の責を担えていない。
 むしろ駒崎さんのような社会起業家が、政策起業家としての動きまでしているのではないか。こう僕は思うのです」
 え、そうなの。
 僕は今までフローレンスというNPOの経営者(格好良く言うと社会起業家)として、目の前の困っている人たちを助けるために、保育園や病児保育や障害児保育、特別養子縁組支援なんかの児童福祉をやってきた。
 けれど目の前の人たちをその場で助けられても、困っている人はたくさんいて、自分たちの力だけじゃ足りなかったり、そもそも困っている人たちが生まれる社会的な構造があったりした。
 そこで、困っている人を助ける事業者を増やすために法律を変えたり、困っている人を生み出す原因となっていた古臭い法律を変えたりしてもらう、ということをやってきた。
 ビジネス業界の友人たちにそうした話をすると、みんな一様に驚き、怪訝な顔をして言った。
「え、何で駒ちゃんみたいな民間人が法律とか条例とか変えられるんだよ。それって議員とかの仕事のはずでしょ」と言う。
 そして、
 やれ「プロ市民」だから、
「ナチュラルボーン革命家」なんだよ、
 いやそれはつまり「ロビイスト」ってことでしょ。
 と色んな(そしてあまり嬉しくない)呼称で僕のやっていることを理解しようとするのだが、そのうち興味もなくなって、「まあいいから飲めや」となるのが常だった。
 そうか、自分は政策起業家だったのか。
 そう言われてみると、そんな気もする。
「私は、政策起業家を増やしたいんですよ。この国は、激変する社会環境の中、往くべき道が分からず、右往左往している。かつてであれば、欧米にお手本があり、〝正解〞があった。そこに向かって、懸命に走ればよかった。しかし我々は世界で最も早く少子高齢化を迎え、経済は衰退し続け、どうしていったらいいかも分からない。官僚は疲弊し、優秀な若者はもはや官僚を目指さなくなっている。
 選挙をしても政権は替わらず、選挙では社会は変えられない、という諦めの気分が蔓延している。戦後から大事にしてきた民主主義は高齢者の数が増えたことで、若者や子育て層の意見はどうやっても通らず、シルバー民主主義となって未来への投資よりも今の高齢者に予算が偏り、未来を押しつぶしてしまっている」
 船橋氏は立ち上がった。そして高層ビルの中の会議室の窓から東京を一望し、もう一度言った。
「私は、政策起業家を増やしたいんですよ」
 確かに彼の憂慮は理解できた。
 もはや政治家や官僚だけに政策づくりを任せていて、回っていく日本ではない。
 現場の課題の当事者たち、専門家、技術者、そういった市井の人々が、自ら政策を考え、討議し、実現させていく回路を作らねば、いつまで経ってもその課題は放置され続けてしまうだろう。あるいは的外れでそれじゃない感満載の政策が、壊れかけの工場機械のように、次々と量産されてしまうだろう。
 僕はこれまで「親子の課題」という自分の関心領域の中では、それなりの成果を残してきた。しかし当然、僕だけが頑張っても、無数にあるその他の日本の課題を解決していくことはできない。
 そこかしこで政策起業家が現れ、課題解決のための回路である政策を実現していくことで、人々を不幸にする課題に、より素早く、よりきめ細かく、より優しく対応していく社会になれるのではなかろうか。
 僕が僕の闘いの軌跡とそこから得られた知見を伝えることで、政策起業家が生み出されていく流れが創れれば。実は僕は自らの団体内で、政策起業家育成を始めているのだけれど、「普通の人」が次々にこれまでなかった制度を生み出している。だとするなら、社外においてもそうした人々を育てることは可能なはずだ。
 そう信じて、語ることにする。
 涙が出るような悲しい課題に対し、
 笑ってしまうほどドタバタと、
 驚くような政治行政の仕組みの中、
 小さな個人が大きな変化を生み出せる奇跡の軌跡の話を。


*本書は著者の体験した事実に基づきますが、一部政治的に支障がある場合は、内容を   歪めない範囲で、人名や固有名詞等をぼやかしています。
 役職や地位などは,当時のままになっております。