ちくま新書

水商売業界が陥る「負のスパイラル」を断ち切るために

甲賀香織『日本水商売協会――コロナ禍の「夜の街」を支えて』はじめに

日本水商売協会――これは、日本の水商売業界=接待飲食業界全体を底上げし、また活性化するべく活動する業界団体である。その代表理事を務める甲賀香織は、コロナ禍のこの2年間、水商売業界と世間の橋渡しをすべく奮闘してきた。コロナ禍をきっかけに見えてきた、水商売業界が陥っていた「負のスパイラル」とは――。

 42億円。これは、新型コロナウイルス感染症が流行したこの1年半に、「日本水商売協会」がキー局のテレビ番組で取り上げられた75本の露出を、広告費換算した金額だ(2020年4月〜21年12月。ニホンモニター株式会社調べ)。「接待を伴う飲食店」「夜の街」と、新型コロナウイルスの流行と接待飲食店との関連性が連日取り上げられることで、メディアの目が一斉にこっちを向いた。ローカル番組、新聞、雑誌、ラジオ、ウェブメディアも合わせると400回以上取り上げられ、多くの人に我々の存在を知っていただく機会になった。それほど、協会には連日取材が殺到していた。
 現場では何が起こっているのか、はたまた、そこから派生した差別の一端について、たくさんの質問を受けた。クラブ・キャバクラ・スナック・ショーパブなどのいわゆる接待飲食業は、その実態がヴェールに包まれているからこそ、人々の興味を引き付ける。一方、見えにくいからこそアンダーグラウンドなイメージが付きまとう。新型コロナウイルスの感染拡大という禍がなければ、誰に知られることもなく、この業界に課されてきた理不尽なルールも、世間からの偏見も、ここまで露呈することはなかったかもしれない。しかし、それが露呈した今だからこそ、我々が新たな一歩を踏み出すタイミングにもなると考えている。
 一般社団法人日本水商売協会は、日本の水商売業界=接待飲食業界全体を底上げし、また活性化するべく活動する業界団体である。このコロナ禍で、接待飲食業界と世間をつなぐ翻訳者のような役割を果たし、業界の事情を解説し社会に届けていた。逆もまたしかりで、わかりにくい政治や世論の動向を、水商売業界がより良い選択をできるよう、業界関係者に情報を提供してきたつもりだ。
 この間の数々のメディア出演、取材対応によって、接待飲食業界の皆様から「私たちの思いを代弁してくれてありがとう」「闘ってくれて勇気が湧いた」と感謝の言葉をいただいた。これまでの接待飲食業界では、何か理不尽なことがあっても、真正面からの反論はせずに目を背けて従うことが美徳とされていた。コロナ禍以前から、我々の良識による判断も、悪意による判断も、一緒くたに悪い方向に解釈されてきた。そして、それが仕方のないことだとあきらめていた。そのために、接待飲食業は長きにわたる負のスパイラルから抜けだすことができなくなっていた。
 しかし今、社会は、自分たちが無意識のうちに偏った見方をしていたかもしれないという事実に気がつき始めている。我々に課されていた理不尽なルールや偏見が、コロナ禍をきっかけに明らかになり、さまざまな働きかけを通して是正される例が出てきた。こうして公平に修正されたルールや考え方を、この事態が収束した後も機能させ、正のスパイラルに入っていくことができるはずだ。

 私は2018年に日本水商売協会を設立し、代表理事を務めている。
 この協会を立ち上げた理由の1つは、ナイトビジネスを経営する経営者と、ナイトワークで働く女性双方を支援することにある。我々が「水商売」として定義している接待飲食店は、社会から色眼鏡で見られることが多く、さまざまな課題・問題を抱えている。この諸問題を解決し、水商売が一般企業と同じビジネスとして認められること、そして、そこで働く女性たちが一般市民と同じ扱いを受けられるようにすることが、設立の大きな目的である。 同時に、接待飲食業における全国のそれぞれの地域、それぞれの業態と一体となることで、業界全体の市場規模の拡大を狙っている。
 これらは、店舗経営者のための組織でもなく、労働者組織でもなく、第三者である我々だからこそ実現できることなのだ。
 そして、我々日本水商売協会は、あえて自ら「水商売」というワードを協会名に用いている。「水商売」という名称の語源は、諸説あるが、いずれも差別的な意味合いを含んでいるとされている。しかし、この名称には、わかりやすさを優先すると同時に、言葉の持つネガティブなイメージすら払拭するような業界へと成長させていこう、という想いが込められている。日本水商売協会は、水商売業界の規律であり、良心でありたい。
 水商売の店舗、働く女性、顧客、社会。我々は、この4方向のWin‐Win を実現するために活動を行っている。水商売のビジネスが健全に活性化することは、日本社会にとって大きなプラスになると考えているのだ。

 最後に、本書の概要を簡単に説明する。
 第1章では、コロナ禍で水商売業界が置かれた実情と、協会の闘いとを記し、第2章で業界の現状について解説している。第3章では、風営法のおかしな部分や社会での差別的な扱いについて、第4章ではそこで働く方々の個々の人生を通して業界の魅力を語っている。第5章では、我々が考えている、今後の業界のあるべき姿についてお伝えしたい。
 本書を、接待飲食業界と業界を取り巻く状況への理解を促し、自らの襟を正すきっかけにしたいと考えている。そして、社会の皆様にとって、理不尽な状況の改善に向き合っていただく機会となることを願う。

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紀伊國屋書店新宿本店様にて、刊行記念イベントを開催!

【Zoom配信】『日本水商売協会――コロナ禍の「夜の街」を支えて』刊行記念
著者・甲賀香織氏×ゲスト・手塚マキ氏オンラインイベント

2022年4月13日19時~
アーカイブ配信あります。
詳細はこちら
https://store.kinokuniya.co.jp/event/1646037490/