ちくま新書

世界的権威が語る、コロナ禍がもたらした新たな脅威

『パンデミック監視社会』第1章より

新型コロナウイルスの世界的大流行は、監視技術の世界的大流行でもあった――監視研究の世界的権威デイヴィッド・ライアンは本書『パンデミック監視社会』でこのように指摘します。では、コロナ禍は実際に私たちの世界をどのように変容させ、そのことが何をもたらすのでしょうか。同書より「第1章 決定的瞬間」の一部を公開します。

 H1N1のパンデミックはIT(情報技術)が支配する世界で起こったが、新型コロナウイルスのパンデミックは初めて監視資本主義というコンテクストにおいて起きたものだった。これはきわめて重要なことだ。いわゆる「ビッグデータ」は21世紀に入って間もないころ、分散コンピューティング、データ分析、統計学の発展に促されるかたちで登場した。しかしその商業的価値は、とくにプラットフォーム企業が急拡大し、グーグルに続いて大手ソーシャルメディア企業がつぎつぎ大成功するなかで、かつてないほど上昇した。 
 監視資本主義は、そうしたプラットフォーム企業から排出される、たとえばフェイスブックやウィーチャットを日常的に利用するユーザーが生み出す取るに足らないようなデータから、利益を得る方法を見つけ出した。しかし、これが重要なのだが、そうしたデータは、たとえば警察や治安機関によって再利用されうるのだ。各国政府もこのデータの利用法を見つけ、そうした大企業の支社を自国に誘致しようとした。その一例が、グーグルの親会社アルファベットがカナダのトロントに作ろうとしたスマートシティ「サイドウォーク・ラボ」だ。「スマート」というのは、このプロジェクトのデータへの依存ぶりを指すもので、いたるところにセンサーを埋め込んだハイテクの「ユートピア」である。『アトランティック』誌によれば、「この都市は文字どおり、住民や訪問者のデータを収集するように作られている」。ただし計画はコロナ禍の2020年5月に放棄された。
 プラットフォーム企業がさらに価値のある、そしてセンシティブなデータを得ようとして、また別の好機を求めていることもあきらかだ。たとえば、グーグル傘下の人工知能(AI)企業のディープマインドは、腎障害を抱える人たちにアラートを出すアプリ「ストリームズ」を開発した。ところが2015年にロイヤル・フリー・ロンドンNHS財団トラストが、患者の身元を特定できる160万件の記録をこのアプリに提供した。これは患者の守秘義務はいうに及ばず、英国の法律で正式に定められたデータ保護の四原則にも抵触する行為だ。このことからもわかるように、プラットフォーム企業はこうしたセンシティブなデータがとにかくほしくてたまらない。そして一部の政府関連機関、この場合は英国の国民保健サービス(NHS)だが、それが自分たちのシステム内にグーグルの子会社のようなものを、あきらかに予防措置もなしに進んで取り込もうとしているのだ。
 パンデミックのかなり以前から、多くの国の政府が、自分たちにはデジタル時代に「必要」とされる技術を開発する力がないとわかっていた。それでIBMなどの大手や野心的なスタートアップ企業が先進技術を開発し、ついで各国政府と契約を結ぶことになった。こうしたモデルにアップルとグーグルが追随し、協力関係を結んだ。その中心となったのが、API(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)という、二つのアプリケーションがたがいに「話す」ことを可能にする技術である。APIは接触確認を用途とするデジタル追跡アプリのいくつかで使用されていて、「プライバシー保護」のプロトコルには従っているが、だからといってグーグルのようなプラットフォーム企業が保健関連データにアクセスしないということにはならない。それは政府も同じだ。接触確認アプリは政府の公認によって、誰かの携帯端末からネットワーク経由でデータを送信させるための新たな方便となった。これはショシャナ・ズボフが示すとおり、プラットフォーム企業がその原材料とする、デバイスにかけられる時間が増えることを意味する。

 今回のパンデミックは、(ビッグ)データが生活のさまざまな領域、さらには政府にまで「ソリューション」をもたらすものと高く評価されているコンテクストのなかで起こった。そのことはパンデミックの、健康および医療以外のコンテクストにおいてもあきらかだ。各所でロックダウンが行われ、企業も学校も店舗も、さらに診療所までリモートになった。オンラインで仕事や教育を続けるために、プラットフォーム企業への需要が急増した。「ズーム(Zoom)」などが大ブームとなり、2019年12月に1000万人だった1日あたりユーザー数が2020年6月には3億人まで跳ね上がった。少なくとも電子的なつながりの機会を提供する、こうしたビデオ通話プラットフォームは、友人や家族から孤立しかねなかった何百万もの人々にはありがたい存在となった。ユーザーのデータから利益を得る監視資本主義は、パンデミックが起きた時点ですでに盛んになりつつあった。パンデミックとは多面的な現象なのだ。
 これは新型コロナウイルスのパンデミックを理解するうえで重要なポイントだ。私は学部生だった1960年代の後半に、アルベール・カミュの『ペスト』を読んだ。1849年にアルジェリアのオランという街で実際に起こったコレラの流行を題材にして、1940年代に書かれた小説だ。初めのうちはオランの医師ベルナール・リウーの視点から、この病気を食い止めるためにどんな方策がとられたかが克明に描かれる。リウーは自分の診療所のあるビルの守衛が発熱したときに、市当局に最初の警報を発した。ネズミがばたばたと街の路上で死に、市の職員がその死骸を片づけて燃やしていた――だがその行動自体が感染を広げていたのだ。この本を読んだ学生のころ、私はいつか同じようなことが世界的な規模で起こるのを見るようになるとは思いもしなかった。
 しかし新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、私は何を「見た」のか。私が見たのは、つい最近のSARS(重症急性呼吸器症候群)とH1N1型インフルエンザから学んだ公衆衛生上の対応、そして国ごとに違いのある現場での活動という既存のコンテクストのなかで、パンデミックがもたらす影響だった。現場での活動は、時の政府がプラットフォーム企業とどう連携するかに大きく左右される。これもまた監視資本主義だ。それでもカミュの物語は、今日にも当てはまるところが大きい。
 新型コロナウイルス危機と同様に、小説のなかのオランでも、当局は事態の重大さをなかなか把握できず、どう対応するかで言い争っていた。公式発表では楽観的な見通しが伝えられ、市民たちは疫病をあまり深刻に受け止めずにいた。だが次第に、住人どうしが距離を置くように求められ、街の外への移動も制限されはじめた。病院のベッドが罹患者のために空けられたが、絶望的に数が足りないことがわかってきた。また、ようやく血清が作られても、供給量があまりに少なかった。要するに『ペスト』は、公衆衛生上の危機の時代における社会、政治、経済状況の小説であると同時に、現在にも通じるものなのだ。

 興味深いことに、これと似ていなくもない疫病についての記述もいくつかある。1918年の「スペインかぜ」を扱った、ローラ・スピニーの2017年の著作『ペイルライダー』は、20世紀最悪の惨禍をもたらした病を描いている。驚くほど未踏査のままの領域を見事に再現してみせたジャーナリズムの傑作だ。このインフルエンザがパンデミックとなった原因は、数十年後に遺伝子配列解析によってあきらかになった。突然変異を起こしたウイルスは鳥から人間に感染したものだが、そのことは1990年代までわかっていなかったのだ。しかしここでも、社会的、地政学的コンテクストが重要になる。第一次世界大戦で疲弊した兵士たちが複数の戦線から帰還してきたが、物資の不足のために栄養不良が蔓延していた。そこへ致命的なインフルエンザの流行が重なり、世界各国で5000万人以上が死亡し、想像を絶する苦難をもたらした。いくつかの地域では「防疫線」が設置されて移動が制限されたが、それはたいていの人々には少なすぎ、また遅すぎた。そしてこの病に最も弱かったのは20―40歳の人たちだった。
 きわめて感染力の強いウイルスが突発的に現れる現象は、保健医療の知識だけでは理解できないものだ。スピニーやカミュをはじめ、多くの作家によって描かれる歴史的、地理的、文化的コンテクストは、パンデミックが持つ複数の社会的側面の重要性を示している。そしてブレーメン大学のヌルハク・ポラトが主張するとおり、この2020年代初めという時期に新型ウイルスの及ぼす多種多様な影響を理解しようとするなら、デジタル技術の役割を検証しないわけにはいかない。そこで彼女は、「バイラル(viral)」という言葉に、表面的な意味と裏の意味の両方をこめて、こう言っている。「21世紀のパンデミックは必ず、デジタルというコンテクストに埋め込まれている。ここにはまた、身体、家庭、道路、国境を越えて新型コロナウイルスの "バイラルな足跡" を追跡するデジタルな生体監視技術も含まれる」。このあとは、感染拡大が始まってから急に使われるようになったウェアラブルトラッカー、スマートフォンアプリ、ドローン、非接触体温計などについて考えていこう。
 だが議論をするにしても、そうしたデジタル技術が正式な監視システムに採用された場合に、そのシステムが監視対象である「私たち」をどれだけ締めつけるかといったことを強調するだけでは十分ではない。なぜなら、監視の対象である私たちは、監視の主体にもなるからだ。アプリやカメラ、ウェアラブル端末が私たちを「見張る」一方で、私たちはこっそりとおたがいを盗み見ている ―― ちゃんとマスクをしているか、歩道の上で2メートルの距離を保っているか、近隣の住人が家族以外の誰かと会っている様子はないかと。さらに「無症状」「ワクチン接種済み」「濃厚接触者」といった分類のされ方は、私たちの自分自身への見方や、他の人たちへの見方、評価の仕方、交流の仕方、関係の測り方などに影響を及ぼすかもしれない。それは私たちが今日、新たな監視文化をつくりあげているためだ。たとえば分類と、分類された人たちとの「ループ効果」である。分類された当の人たちが他の人たちを区分するだけでなく、監視対象に分類されたことによって自分たちの活動を修正する可能性があるということだ。

関連書籍

こちらあみ子

デイヴィッド・ライアン ,松本 剛史 ,松本 剛史

パンデミック監視社会 (ちくま新書)

筑摩書房

924.0

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入