ちくま新書

コロナ禍の夜、「夢を守る」者たちの奮闘記
甲賀香織『日本水商売協会』書評

『日本水商売協会』著者の甲賀香織さんは、一般社団法人日本水商売協会の代表理事を務めています。
「水商売がビジネスとして認められるようにしたい」「働く女性たちが色眼鏡で見られないようにしたい」という思いで、差別的待遇や風営法の問題に取り組んできました。
そんな姿をよく知る一般社団法人ホワイトハンズ代表の坂爪真吾さんに、本書を紹介していただきました。

 2021年5月、私は「コロナ後の「夜の街」はどこへ向かうのか」というテーマで、『夢幻の街――歌舞伎町ホストクラブの50年』(KADOKAWA)の著者である石井光太氏と対談をした。対談の中で、石井氏は次のように述べた。

「ホストの世界は、育ちや学歴に関係なく、誰もが成功をつかむチャンスがあると言われていますが、成功してうまくいったホストは、ほぼ例外なく、育ちが良いか、親にきちんと愛情を注がれてきています」

 金なし・コネなし・学歴なしの状態から、自らの努力と男気だけで一攫千金、という「歌舞伎町ドリーム」はファンタジーにすぎない。なんとも夢のない話だ。
 一方、歌舞伎町でホストクラブを経営している手塚マキ氏は、著書『新宿・歌舞伎町――人はなぜ〈夜の街〉を求めるのか』(幻冬舎新書)の中で、水商売とは「期待させる職業」であり、「期待に応える職業」ではない、と述べている。
 夜の街は劇場であり、働くキャストたちは俳優だ。すべては噓ではなく演出であり、求められているものは、そもそも真実ではない。
 そう考えると、「結局成功するのは生まれと育ちが良い人間だけ」だとしても、水商売の世界は、夢を求める人々を「期待させる」ことに成功している時点で、その役目を十分に果たしているといえる。
 そんな水商売の世界がコロナ禍で陥った窮状、そしてそれを打破するために立ち上がった者たちの奮闘記を描いたのが、本書『日本水商売協会』である。
 著者の掲げる「業界の健全化」や「業界の活性化」というスローガン自体は、少しでも夜の街に関わっている人であれば、耳にタコができるほど聞いた言葉であろう。
 しかし、単なるパフォーマンスやアリバイ作りに終わらず、著者が代表を務める日本水商売協会は、当事者や事業者の声を集め、政権与党に届け、政策を動かした。これまで「期待させるだけ」だった業界が、はじめて「期待に応えた」、歴史的な出来事だといえる。
 著者たちは、決して突飛な主張や過激な要求をしたわけではない。声を荒げず、偏狭なイデオロギーを振りかざすことなく、ただ淡々と「納税義務を果たしている企業や人に権利を与えてほしい」という、ごく真っ当な主張をしただけだ。
 風俗業がさまざまな助成から除外されていた合理的な理由は、特にない。だとすれば、必要なのは「#職業差別を許さない」とSNSで怒ることではなく、「論理的に間違っているから正せ」と、淡々と、だが確実に効果的な方法=社会と政権与党に響く方法で提言を行うことだ。
 当たり前のことを、当たり前に主張して、完遂すること。これは「期待させる」=夢を見させることだけに労力を費やし、「期待に応える」=実際に人や社会を動かすことをしてこなかった業界にとっては、決して簡単なことではなかったはずだ。
 業界健全化のための試みは始まったばかりだ。コロナ禍では、風俗営業の負の部分も嫌になるほど顕在化された。風俗営業を「健全化すべき職業」だと考えている層は、業界内では決して多数派でも主流派でもない。法制度と現実のズレが一向に埋まらない風俗営業において、「正直者が馬鹿を見る」状況は、コロナ禍の後もしばらくは変わらないだろう。
 著者たちの活動が、今後どこまで業界や社会の期待に応えられるかは未知数だ。しかし、今回のコロナ禍で明らかになったのは、「期待させるだけ」では、もはや夜の街は成り立たない、ということだ。誰かが「期待に応える」役割を担う必要がある。
 これからの夜の街には、「夢を見たがる人」と「夢を見せる人」だけでなく、両者を支える人=「夢を守る」業界団体が必要である。日本水商売協会がこれから見せてくれるであろう、新しい夢の形に期待したい。

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