小学校のころ、私の髪は細くてかなり薄い茶色だった。母は私の髪の一部だけをとって細い三つ編みを作り、耳の横に垂らすのが好きだった。三つ編みを作りながら、母はいつも、
「これは村田家の遺伝の髪ね。お母さんの髪は、真っ黒で太いの。沙耶香の髪は、村田家の遺伝の髪質なのね」
と言っていた。私は父方の祖母に似ているといつも言われていたので、そうなのか、やっぱり自分はおばあちゃんに似ているんだなあ、と思っていた。
「いいわね、私は真っ黒な髪が嫌でね。太くて結ぶのも大変だし。あんたみたいな細くて茶色い髪がよかったわあ」
母はいつもそう言っていて、私はリアクションに困りながらも、「うん……」と曖昧に頷いていた。
ある日、髪の毛を櫛で梳いていたら、ごっそりと毛が抜けたことがあった。たまたまかと思ったのだが、翌日も、その翌日も、ごっそりと毛が抜けた。まさか自分の髪の毛が全部抜けてしまうのではと思ったのだが、生え残っている毛を見ると、太くて黒い毛と、細くて茶色い毛が入り交じっていた。
毛が生え替わっている! と私は思った。お父さんの遺伝子の毛がどんどん抜けて、お母さんの遺伝子の毛に生え替わっている!
私は急いで母に報告した。
「見て、お母さん。毛が生え替わっているの。お母さんそっくりの毛が生え始めてる!」
「ええー? まあ、夏だからねえ。毛が抜ける季節なのよお」
「見てってば! ほら、今、交ざって生えてる! 交ざって生えてるから!」
母は私の髪の毛を見ても「うーん、そうかしらねえ……」と怪訝な顔をするだけだった。
翌日から、毛のことばかり考える毎日になった。根元のほうにある短い毛を見てみると、やっぱり太い。いつからか、毛根から生える新しい毛が母の遺伝子の太い毛になって、細い毛と入れ替わり始めていたのだ。
私はわくわくしていた。こんな予想外のことが、自分の身体に起きるなんて思ってもみなかったのだ。
ある日、兄の持っている『キャッツ❤アイ』を読んでいたとき、私は衝撃を受けた。瞳の髪が、ある日ひと房、金髪に生え替わってしまうのだ。永石さん(キャッツの手助けをしている頼れる男性)も深刻な顔で、
「遺伝……お父様の血でございましょう。よくあることです」
と言っている。よくあることなのか! 私は自分の仲間を発見したようでとてつもなく嬉しく、母に漫画を見せて、
「ねえねえ、瞳の髪が……」
と説明しようとしたが、「漫画を読んでる暇があったら勉強しなさい」と叱られた。
そういうわけで、今では私は太い、黒っぽい髪の毛をしている。母方の遺伝の髪に、すっかり生え替わったのだ。そのことを説明すると「そんなことあるー?」と疑われてしまうことがあるが、「でも、『キャッツ❤アイ』で瞳が……」と説明し、「瞳がそうなら、あり得るのか……」とよくわからない納得をしてもらうことに成功している。
私はもうすぐ三十七歳だが、髪の毛の他にも、肌や目などがいきなり違う遺伝子のものに替わったりするのではないかと、わくわくしながら、未だに自分の身体をじっと見張っている。
(むらた・さやか 小説家)