ちくま新書

問われる国際報道の意義

『国際報道を問いなおす』はじめに

ロシアによるウクライナへの全面侵攻を予測することはなぜできなかったのか。戦争が浮き彫りにした日本メディアが抱えるジレンマとは何か。国際報道の現状とそのあるべき姿を模索する『国際報道を問いなおす――ウクライナ戦争とメディアの使命』より「まえがき」を公開します。

 2022年2月、ウクライナ戦争が始まった。誰しもがこんな悲劇が21世紀の世界で起きたという事実に驚き、そして立腹したに違いない。国際報道に長く携わってきた私も、核兵器大国のロシアが隣国にあれほど残酷に侵攻するとは予想できなかった。
 私はロシアのウラジーミル・プーチン大統領とサンクトペテルブルクで開かれる少人数の会合で毎年のように顔を合わせ、質問をしてきた。プーチンと世界の通信社代表との会合である。確かに年々、日本を含めた自由民主主義陣営へのプーチンの反発は強まっており、冷ややかな態度が目立ってきていた。2014年のクリミア半島の併合でG8(主要国)首脳会議から追放されても「あんなお茶を飲むだけの会議は出ても無駄だ」「欧米が決めた結果をロシアは受け入れることしか許されない。二級市民の扱いだ」と言い放っていた。あたかも自由民主主義陣営がつくったリベラルな国際枠組みはロシアの行動を縛る害悪だとして対決するかのような姿勢が言葉の端々に感じられた。
 それでも私はプーチンが大規模な戦争を開始するとは予想しなかった。世界のメディアや専門家も予想できなかったのだから仕方ないと安易に結論づけたくはない。戦争を予測できなかったことは、私が携わってきた国際報道が十分なレベルに達していないという事実を歴然と示していると考えるからだ。
 予見できなかった大きな理由は、本書の第2章で説明するような幻想や勝手な思い込みが世界を見る目を曇らせたことにある。プーチンは合理主義者だから自由主義陣営との関係を破壊するウクライナ侵攻に踏み切らないはずだ、という思い込みである。この思い込みをどう取り除いていくのかが、国際報道の大きな課題である。
 メディアはこの戦争をどう伝えているだろうか。戦場、外交、経済、エネルギー、インテリジェンスと、あらゆる面でウクライナ戦争は世界の方向に影響を与える新時代の到来を告げている。メディアが挑戦すべき課題が次々と浮かんでくる。
 この多面的な視点、特に戦争当事者であるウクライナとロシアの主張を、メディアは感情や思い込みに流されず公正に報じただろうか。米国、欧州、中国など関係国の思惑を的確にとらえたか。日本にとってのこの戦争の意味を伝えきれているか。何よりも戦場の市民の犠牲を、リアリティーをもって描けているか。
 中東や北アフリカでは日常的に人道悲劇が起きている。われわれは他の人道悲劇にも十分に目を配っているか。
 国際報道とは広い世界の事象を的確にとらえて報じるという、ほとんど不可能に思える仕事のことだ。だが、ウクライナ戦争という圧倒的な事実を前に、ひるんでいる時間はない。国際報道が持つ問題点、われわれ日本人が世界を見つめる際に陥りがちな落とし穴を、私の経験を題材に考えてみたい。
 日本メディアの国際報道は、日本人の世界観、思想を反映している。日本の国際報道について考えてみると、メディアの報道ぶりを超えて日本人が世界をどう読むかという、より重要な視点に行き着く。さらにはその世界観の基にある日本人の思想にたどり着く。
 世界を読み取ることは難しい。今回のウクライナ戦争の開戦のように大きく読み間違えることも多い。30年以上前の1990年夏、イラクがクウェートに侵攻したときも、イラク軍の集結を知りながら、まさか戦争は起きないだろう、と私はそのときもタカをくくっていた。2016年の米大統領選ではドナルド・トランプが勝利するとは予想できなかった。失敗は繰り返すのだ。
 そして予想が外れると、なぜこんなことが起きたのか、これからどうなるのか、と先が読めない不安に陥ることになる。
 国際報道が事態の展開を見誤る背景として、まずはニュースが起きている現場をよく知らず、入っていくことも難しいという制約がある。次に国家や地域、あるいはその指導者、イデオロギーに対してロマンや幻想、そして拒否感を抱いてしまうことがある。
 また往々にして国際ニュースを知るときの最初の場である米メディアの視点に引っ張られてしまうという問題もある。世界ではそれぞれの国が事実を曲げる「もう一つの解釈」「もう一つの事実」を主張する思想戦も展開されている。世界を理解するのは一筋縄ではいかない。
 本書は、こうした世界理解の難しさとそれを克服するコツを一つ一つ説明し、公正な国際理解の手助けになれば、と願って書いたものだ。そうすることで、国際取材・報道のあり方を少しでも質の高いものにしたいという思いも込めている。

 この本は長い私の国際ニュース取材で抱き続けた疑問が原点になっている。
 忘れもしない33年前の大阪の夜、私はその疑問にぶつかった。
 当時大阪の社会部で事件を担当していた私は、本社の外信部に上がることが決まり、世話になった大阪府警幹部の家にその報告で夜回りに行った。そこには他社の先輩も来ていて玄関先で一緒に幹部の帰宅を待つうちに雑談となった。その先輩は私の外信部志望を聞くと「やめたほうがいい」と真顔で語りだしたのだ。
「君は今、府警幹部から誰も知らない特ダネをとれる。ここはニュースの最前線だ。だけど外信部は違う。現地や欧米のマスコミが報じたものを翻訳して紹介するだけだ。最前線で最初の記録者となる興奮は得られないぞ」
 昭和末期の大阪はグリコ森永事件など異様な事件が相次いでいた。その最前線に身を置いてきた身からすると、特派員として世界に派遣されても、同じ興奮を体感できるだろうかという疑問は私にもあった。何しろ当時、広い世界に日本のメディアは多いところでも50人程度しか特派員を送っていなかった。
 世界中の出来事のすべてを自前では取材などできない。実は国際報道の多くは外国メディアの報道をなぞって紹介するだけではないか。「特派員」などとエリート風を吹かせても、はたして記者、ジャーナリストと呼べるのか。そんな疑問がふつふつと湧いてきた。
 そうは言っても、飛び込んでやってみるしかない。そんな思いで上京した。
 外信部に行くと、大阪の夜に生まれた悩みよりも、世界を動かすインパクトを持ったニュースの連続に圧倒された。
 天安門事件、ベルリンの壁崩壊、冷戦の終わりと続けざまに歴史の歯車が回った。日本人記者は現場で徹夜で張り番し、突入する戦車部隊や反体制派集会の記事を送ってきた。
 私も「最前線」に多く出くわした。
 最初の出張はイラク北部のクルド人への取材だったが、すべてを自分で見聞して的外れ覚悟で記事を書くしかなかった。次はソ連からのバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の独立。数十万人の市民が歓喜して独立を宣言する集会を次々目撃し、「歴史の最初の記録者」の興奮に震えた。湾岸戦争では、開戦から終戦まで米国の冷酷な世界戦略をつぶさに見た。
 もちろん、外国メディアの翻訳、受け売りは常時身近にあった。
 湾岸戦争開戦直前のイラクに入った際に、ある先輩からロイター通信と連携するようにと言われた。連携というと言葉は良いが、要はロイターのバグダッド支局で記事を見せてもらい、それをうまく日本語にまとめて原稿を送れ、ということだ。豊富な取材力を持つロイターの記事を読めば、イラク関連の表面的なニュースはすべて把握でき、過不足ない記事を楽に書ける。
 だが、戦争が今起ころうとするバグダッドにまで来て現場を回らずに、ロイターの支局にどっかりと座っている気にはならなかった。だいたいロイター電を基に私が自分の記事を書けば、それは剽窃だろう。
 打ち合わせで中東全域を統括するカイロ支局に顔を出すと、ロイターやAP、BBCなどをモニターして記事をまとめる様子を見て驚いた。中東と北アフリカの合計20カ国をウォッチしているのだから仕方がないのだが、あらためて欧米メディアに頼る日本メディアの現実は考えさせられた。
 その頃、先輩記者から聞いた言葉が印象深い。
 ソ連崩壊の激動の中、バルト諸国へ応援出張した際に、一緒に取材した記者が「出張はいい。目の前で起きているニュースに集中できる」と言っていた。モスクワにいては広いソ連で起きる出来事を、国営通信社のタス通信を半信半疑で読みながら記事を書かなくてはならないが、出張すればそんなもどかしさを忘れられる。
 私も目の前のことに集中したいとの思いから、その後は一つの国・事象を取材する環境を好んだ。海外支局には多くの国を担当するところもある。私は最前線的なものに引かれて、テヘラン、ニューヨーク、ワシントン2回と特派員生活は一国(ニューヨークのときは国連だけ)を受け持った。
 テヘラン時代は、敵どうしだった米イラン関係の接近を、深夜の電話でこっそりと教えてくれる政府の人もいた。当時米国人記者はイランに常駐していなかったから、日本はイランの米国に向けた窓口だった。そんな興奮も一国だけを取材しているからであろう。
 自前取材に集中すると思考が深まり、「日本人の視点」を意識しだした。日本人が読者だからというだけではない。日本が関係しない国際ニュースでも「日本人の視点」から見ると、自分がニュース取材の主役になっている気がしてくるのだ。
 こうして私は、大阪の夜の葛藤を少しでも乗り越える工夫を身に着けた。だが、正直言ってまだまだ足りない。

 さて、国際ニュースを見る際の日本人の視点とは何だろう。
 国際報道は外国、特に欧米の視点に影響を受ける。外国の出来事を紹介するのだから、まずはその国のメディアが伝えたものに頼る。情報を直接入手できない場合が多いためだ。しかし、途上国のニュースであっても、欧米メディアが欧米の人々に向けて翻訳して報じたものをもう一度日本語に翻訳する二重翻訳もある。そこまで欧米に依存している。
 これでは欧米的な視点に引っ張られてニュースの意味、予想を間違えることがある。欧米人は、世界は多くの困難を乗り越えて自由民主主義型の社会に向かうと信じがちだ。だから、中国のような権威主義国家、タリバンが支配するアフガニスタンのようなイスラム主義国家を否定する。ウクライナに侵攻したロシアのプーチンを「理解不能」「別世界の住民」と相手にしない。
 しかし、事はそう簡単ではない。中国は共産党国家としての建国から70年を経ても民主化しないし、イスラム主義のイランも革命から40年を経ても自由民主主義にはならない。ロシアや東欧のいくつかの国、東南アジアの国々のように、いったんは民主化が進んだように見えたものの、非民主主義的体制に逆戻りしている国もある。
 私の取材体験から言えば、そうした国々の人々は、自由よりも安定を選んでいる。自由がもたらす混乱よりも、専制下の安定した生活に満足している。永久に続くものではないだろうが、当面はそうなのだ。宗教的、民族的、歴史的な背景があるし、中国のように貧困を削減し中産階級を増やした実績が評価されている場合もある。欧米メディアはそうした人々の心の綾を読み取るのが苦手だ。
 日本人は自由民主主義を享受する一方で、安定、和、穏やかさなどを好む。ウクライナ戦争では、ロシアによる無差別爆撃に苦しむウクライナ市民の映像が流れ、日本では「なぜウクライナは降伏しないのか。命がいちばん大事ではないか」という声が上がった。独立や自由を大事にするウクライナ人、それを後押しする欧米への疑問である。私は「降伏論」には反対するが、それぞれの国の国情によって戦争への反応は変わってくるのだ。
 この世界の微妙に異なる価値観を理解しないと、国際政治の真実は分からない。自由民主主義モデルの頂点にある米国が後退する時代だから、このモデルだけで世界を理解しようとするのは難しい。そこで、米国モデルを受け入れながらも、それだけが世界を動かしているわけではない、と理解している日本人の視点が活きてくる。
 世界のメディア界では依然欧米メディアが幅をきかせている。ウクライナ戦争も米英メディアの報道を基にしたものが世界を席巻した。ロシアの侵攻があまりに正当性に欠如し人道的な悲劇を引き起こしており、またロシアメディアは虚偽を流し信頼できなかった。中国やロシアのような権威主義国家の歪んだ世界観や、それに沿ったこれらの国々のメデ
ィア報道には頼れない。
 一方で「Gゼロ」とも呼ばれる多極化時代にあって、米国風の見方が通じる地域が小さくなってきているのも確かだ。ロシアの横暴にあきれて中国や中東は、米国を中心とする自由民主主義陣営に寄ってくるものと期待されたが、距離感を巧みにとっている。
 そんな混沌とする世界で日本の国際報道、そして日本人の世界理解を高めるためにはどうすればよいのだろうか。本書は世界を虚心坦懐に読み取る方法を考えてみたものだ。