ちくま新書

安保理はなぜ無力か
『国連安保理とウクライナ侵攻』解説

『国連安保理とウクライナ侵攻』著者の小林義久氏は、共同通信社外信部で国連や中東欧の政治を長く取材してきました。なぜ国連はロシアを止められないのか、改革は不可能なのか。国連とウクライナ侵攻にまつわる疑問が氷解する1冊の自著解題をお届けします。(PR誌「ちくま」8月号より転載)

「国連はなぜロシアの侵略を止められないのか」「ロシアの拒否権で動けない国連の安全保障理事会はもはや存在意義を失っているのではないか」。ロシアのウクライナ侵攻以降色々な場でこうした質問を受けた。国連憲章は国連の目的として、第一に世界の平和と安全の維持を掲げている。しかしその維持に責任を負うはずの安保理は停戦を求める決議すら出せない。こうした疑問がわくのは当然だろう。なぜかを説明するには国連の成り立ちや戦後の国際政治の流れを解き明かさなければならない。本書『国連安保理とウクライナ侵攻』はそれらの疑問に十分こたえられているとはいえないかもしれないが、通信社の記者として長年、国連をウォッチしてきた筆者なりの回答を示したものである。

 国連は第二次世界大戦後に悲惨な世界大戦を繰り返さない目的で創設された。東西冷戦によりその機能を十分に発揮できない時期もあったものの、発展を続けてきた。新たに独立した国は必ず国連加盟国になることを目指した。加盟することが国際社会の一員として認められ、国連の集団安全保障体制に参加することを意味するからだ。それを担保してきたのが安保理である。異論はあるだろうが、安保理の五常任理事国(米英仏中ロ=P5)が戦後世界を主導してきたのは確かだ。安保理がなかったら、紛争が起きた際に当事国が協議をしたり大国が仲介したりする場もなく、いずれ第三次世界大戦が起きていただろう。それだけに今回、P5の一員であるロシアが問答無用で隣国を侵略したことの衝撃は計り知れないほど大きい。

 正直に告白すれば、昨年11月ごろにロシアがウクライナ国境に大部隊を終結していると知った時も本当にウクライナに攻め込むとは思っていなかった。筆者の職場の共同通信社外信部の同僚にも同様の意見が少なくなかった。侵攻がありうると予想するモスクワ特派員経験者もいたが、それにしてもいきなりウクライナ北部から首都キーウ(キエフ)目指して進軍するとは想像もしていなかったという。

 侵攻開始から4カ月を経たが、停戦の糸口は見えない。ロシアは制圧を目指す東部二州のうちルガンスク州をほぼ押さえ、ドネツク州でも攻勢を強めようとしている。ミサイルなどによるウクライナ全土への攻撃も本格化させ、本稿を書いている間にもショッピングセンターがミサイル攻撃を受け、多くの死傷者を出したことが報じられた。戦争が長期化すれば市民の犠牲は増えるだろう。ウクライナで取材する同僚が送ってくるルポなどはロシア軍の攻撃で肉親を亡くしたり、重傷を負い障害に苦しむ子供たちの様子を伝えており、何ともやりきれない。

 第二次大戦終結後、77年を経たが、ジェノサイド(大量虐殺)などの戦争・人道犯罪は絶えることがない。ウクライナ侵攻でもキーウ近郊でロシア軍による市民の殺害が伝えられ、衝撃を与えた。国連が何とかできないのかといらだつ人が多いのはよく理解できる。ウクライナのゼレンスキー大統領が4月5日の安保理でのオンライン演説で「国連を終わりにするのか。いいえと言うならただちに行動すべきだ」と問いかけた意味は大きい。しかしこれまで何もなされてこなかったわけでないのだ。大国の論理で動きがちな安保理を改革しようとの試みはあったし、今も取り組みは続いている。そうした動きを知りたい方は是非、本書をお読みいただきたい。中小国を中心に、P5の中からも改革が必要との声は上がっている。常任理事国入りを目指す岸田政権にもできることはあるはずだ。日米同盟重視に偏らず、是非国連中心外交、人権外交を展開してもらいたい。

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