ちくまプリマー新書

「犠牲のシステム」としての沖縄問題を「見ないまま」でいないために
『沖縄について私たちが知っておきたいこと』より「まえがき」を公開

沖縄の基地問題を理解し、その解消を目指すには、併合された経緯やその後何度も本土のために犠牲になった歴史を知らなければならない。沖縄と本土の関係を読み解く『沖縄について私たちが知っておきたいこと』より「まえがき」を公開します!

まえがき

 沖縄県には本土から年間数百万人もの人が観光に訪れます。青い空と太陽、エメラルドグリーンの海、独特の食文化、ゆったりとした時間が流れる南国のイメージなど、本土にはないエキゾチックな要素が多くの人を惹きつけるのでしょう。修学旅行に訪れる学校数も毎年2500校前後、生徒数は40万人を超える(コロナ禍の期間を除く)といいます。なかには、「平和学習」といって、沖縄戦にかかわる遺跡や施設を見学する学校もあるそうです。

 その沖縄はまた、「基地の島」でもあります。自衛隊基地だけでなく、アメリカ軍基地が31か所もあり、沖縄島の約15%もの広大な土地を占めて広がっています。沖縄を訪れた目的が観光であっても修学旅行であっても、車道に沿って延々と続く基地のフェンスや、轟音を響かせて頭上を飛んでいく軍用機を見ないですむことはまずないでしょう。本土からの訪問者は、沖縄が基地の島であるという点でも本土と大きく異なっていることを強く意識させられるのではないでしょうか。

 こうした訪問者が毎年数百万人にも上るとすれば、本土でも沖縄の基地問題への関心が高まっていいはずだと思うのですが、現実は決してそうではありません。たとえば、さまざまな社会問題にかんする書籍のなかでも、沖縄の基地問題がテーマの本は「売れない」とよく言われます。基地問題に苦しむ沖縄の人びとから見れば、「本土の人たちはなぜ無関心でいられるのか」ということになるでしょう。

 観光を終えて本土に戻ると、多くの人は日常生活のなかで、楽しかったことだけを記憶にとどめ、基地の光景は忘れてしまう。本土には米軍基地のない府県が30以上もあります(2023年現在)。東京には横田基地がありますが、基地周辺の住民を除いて、圧倒的多数の人びとはその存在を意識せずに暮らしています。私たちは沖縄を一時的に訪問し、基地の存在を一瞬意識したとしても、結果的に基地を「見なかった」のと変わりない日常に戻ってしまうかのようです。

 本書は、沖縄の基地問題をテーマとしていますが、いわゆる「国際政治学」や「軍事的安全保障論」の立場から専門的議論をするものではありません。

 筆者は「国家と犠牲」をめぐる思想的諸問題と格闘するなかで、戦後日本国家の「犠牲のシステム」としての「沖縄の基地問題」にぶつかりました。そしてこの問題は、何よりも日本本土の一市民である筆者にとって、避けられない問題であることに気づかされたのです。

 沖縄では、沖縄への長年の基地集中とその過剰な負担への本土の無関心は、沖縄に対する差別の結果だという意識が広まっています。なぜそのような意識が生じるのか、そこにはどんな歴史的および構造的理由があるのか。そのことについて、筆者の見方をあえて率直に記したのが本書です。本土に住む筆者の見方ですから、まだまだ「見えていない」部分もあることでしょう。ただ、沖縄の基地問題を理解し、その解消をともにめざしていくためには、少なくともこれだけのことは踏まえておく必要があるのではないか、と筆者が考えていることを記したつもりです。

 こうした事情から、書名は『沖縄について私たちが知っておきたいこと』としました。「私たち」には、もちろん本書の読者になりうるすべての皆さんを含めていますが、沖縄の方からすれば、「沖縄のことを本土の人間に教わる必要などない」となって当然です。その意味で、本書はあえて、主たる読者を本土の人たちと想定しています。とりわけ、沖縄を旅したことはあるけれど、基地問題には関心がなかったという方、報道で沖縄の基地問題に接するけれども、なぜ沖縄だけで大問題になるのか分からなかったという方など、沖縄の基地問題がよく分からないという本土の方に、是非読んでいただけたらと願っています。

※「本土」という語は沖縄に対する植民地主義的な見方を含んでいるという考えから、括弧に入れた表記を使う場合がありますが、他に適当な語がなく、また読みにくくなるのを避けるため、本書では括弧に入れずに記します。



『沖縄について私たちが知っておきたいこと』

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