鈴木家の箱

カントリーロードが生まれた日

スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんの娘である、麻実子さんの連載が始まります。第1回は、みなさんも聞いたことのある、あの名曲の歌詞の誕生秘話です!

 「まめ、作詞してみる?」
 リビングでくつろいでTVを見ていた私に父が突然そう聞いてきたのは、私が18歳の頃だった。

 私は開口一番「ギャラいくら?」と言ったらしい。言ったらしいというのは、当の私は覚えていないからだ。
 父にいつもこのときの話をされるのだが、「そんな図々しいこと言うかな私……」といまだ半信半疑だ。もし言ったとしたら冗談で言ったんじゃないかと思うのだが、父は「あれは真剣な顔だった」と言い張る。
 私の名誉のために言っておくが、私はもっと謙虚な性格だ。少なくとも自分ではそう思っている。

 その台詞を言ったか言ってないかはさておき、私はそのとき実は、内心はっとしていたのだ。
 私は中学生の頃から詩を書くのが好きで、毎日いくつもの詩を大学ノートに書いていた。同じ塾に通っていた同じ趣味を持つ友達と密かにお互いの書いた詩を見せ合ったりしていたのだが、その子以外には誰にも言っていない、密かな趣味だった。

 なぜって学校での私はそんなキャラじゃなかった。文学少女でもなかったし、おとなしいキャラでもなかった。いつも騒がしくて女友達と男の子の話ばかりしていてたまに学校もさぼって母に大激怒されたりするアホな女子中学生。
 そんな私が夜な夜なノートに詩を書いているなんて、恥ずかしくて誰にも知られたくなかった。
 もちろん家族にも言ってなかった。家族になんて一番知られたくなかった。
 それなのに突然「作詞してみる?」とはどういうことか。あの大学ノートを盗み見ていたに違いないと思った。

 思えばあの頃、キレイ好きな父は休みの日になるといつも家の掃除をしていたのだ。リビングテーブルの上に置いてある食べかけのご飯にラップをして冷蔵庫に入れ、使い終わって置いたままになっているコップを洗い、そこら中に散らばっている誰のかも分からない本やプリントを重ねて部屋の隅っこに片づけ、みるみるうちに家中をキレイにしていた。
 当時の私は部屋が汚く、勉強机は読みかけの本ややりかけの宿題が重なって置いてあって鉛筆が散乱してぐちゃぐちゃだった。父は散らばっている鉛筆を一本一本ペン立てに戻し、プリントや本を本棚にキレイに並べて机の上に空間を生み出し、見違えるほどキレイに整頓するのだ。
 家族としてはありがたい部分もあったが、家族に聞かずにいろいろな物をどんどん捨ててしまうのでそれは困った。一度弟の大事な宿題プリントがなくなって弟が落ち込んでいたのを今でも覚えている。「パパが捨てたんだろうな」と家族みんなが思っていたが、「自分が整頓していなかったのが悪い」という無言の圧を感じていたので誰も何も言わなかった。
 その頃の圧が効いているのか、今の私は掃除が好きで、家の中も比較的キレイだ。今の私のキレイ好きは父のおかげなのかもしれない。

 そんなふうに父が私の部屋を掃除していた頃、私の部屋には詩を書いた秘密の大学ノートが何冊も置いてあった。いつもキレイに本棚に並べられていたが、きっとあのときに大学ノートの中身を盗み見ていたに違いない。そうじゃなければ、突然「作詞してみる?」と言うのはおかしいだろうと思った。

 「絶対見たんだろうな」と疑いの目で父を見つめながら話を聞いてみると、どうやらそれを言い出したのは宮崎駿さんだそうだ。
 今度作っている『耳をすませば』という映画で使う歌詞を宮崎さんが書いていたのだが、なかなかうまく書けず、父が「そろそろ書いてくれなきゃ困るよ」と急かすと、宮崎さんは「そうだ! 鈴木さんの娘に書いてもらおう!」と言い出したそうだ。映画の主人公が中学生だったので、歳の近い女の子に書かせたらいいんじゃないかということだったらしい。
 父は宮崎さんが逃げようとしていると思ったそうだ。でもこれで私に書かせてみて良くなければ宮崎さんもやるしかなくなるだろうと思い、私に書かせてみることに同意したらしい。
 私としてはなにやらよくわからないし、歌詞なんて書いたこともないのだからできるはずがないと思ったけれど、まあ宮崎さんが歌詞を書く参考にするだけなんだろうし軽い気持ちでやってみようと思い、「じゃあ書いてみる」と答え、父から『耳をすませば』の原作コミックとCDを手渡された。

 4畳の小さな自分の部屋でベッドの上に寝ころび天井を見つめ、CDプレイヤーにCDをさしこみ、「カントリーロード」の曲を聞いた。よく詩を書いているのだから、曲を聞いたら自然に歌詞が思い浮かんでくるかもしれない。ファーストインプレッションが大事だ。
 しかし情景を浮かべようとしても浮かぶのはアメリカだかどこかだかの農園のトウモロコシ畑とか、はたまたミレーの絵に出てくるような黄土色の田舎風景だ。いかにも「カントリー」という情景しか浮かばなかった。中学生の女の子の書きそうなものを書いてほしいと言われているのに、そんなイメージとはほど遠かった。
 「あーやっぱり私には歌詞を書くなんて無理だ」と思い、「とりあえず忘れよう」が特技の私は、とりあえず作詞のことは忘れて遊びに行くことにした。

2022年10月13日更新

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鈴木 麻実子(すずき まみこ)

鈴木 麻実子

1976年、鈴木敏夫プロデューサーの長女として東京で生まれる。様々なアルバイト経験を経て美容サロンのマネジメント業につき、店舗拡大に貢献する。
その傍ら映画「耳をすませば」の主題歌「カントリー・ロード」の訳詞、平原綾香「ふたたび」、ゲー厶二ノ国の主題歌「心のかけら」の作詞を手掛ける。
現在は1児の母となり、父である鈴木敏夫をゲストに招いたオンラインサロン「鈴木Pファミリー」を運営する。