ちくま学芸文庫

言葉をこよなく愛した言語学者
千野栄一『言語学を学ぶ』解説

ロングセラー『外国語上達法』の著者、千野栄一による言語学の入門書『言語学 私のラブストーリー』を『言語学を学ぶ』とタイトルを変えて文庫化しました。千野先生の教えを受けた、チェコ文学が専門の阿部賢一さんに解説を書いていただきました。ぜひご覧くださいませ。

 ロシア出身の言語学者ロマーン・ヤコブソンが、Linguista sum: linguistici nihil a me mihi alienum puto. 「われは言語学者なり、こと言語に関するものにしてわれに無縁なものなしとす」と述べたことはよく知られているが、千野栄一もまたその精神を引き継いだ人物であった。「言語調査」、「言語学史」に始まり、「ピジン・クレオル諸語」、「文字論」、さらには「世界の言語」にいたる本書の目次を見るだけでも、氏の関心の裾野の広さを十二分に感じることができるだろう。
 けれども、「言語学者」の肩書に多くを期待した読者は早々に肩透かしを食うかもしれない。「まえがき」で早々と「私は自分のことを(…)言語学者だと思ったことはない」(本書、九頁)と著者自ら宣言しているからだ。氏にとっての理想の言語学者は「未知の言語を記述する人」、つまりフィールドワークに出かけ、言語調査をする人だ。とはいえ、その言葉を文字通りに受け取る必要もないかもしれない。なぜなら字句通りの意味と、話者の意図はかならずしも一致するわけではなく、場合によっては謙遜のニュアンスなどが込められることもあるからだ(例えば、翻訳者は自身が手がけた翻訳を「拙訳」と表現するが、本当に「拙い」と思っていたら世には出さないはず)。先の言葉は謙遜として少し差し引いて受け止めるとしても、本書の著者である千野栄一は、言語学そして言葉をこよなく愛した人物であったことは明言できるだろう。本書が二〇〇二年に三省堂から刊行された際の書名が『言語学 私のラブストーリー』であったように、この書物は一つの学問を愛し続けた人物によるラブレターでもある。だが、ここでの愛というのは人間を対象にした恋愛とは異なる。人間の愛は個人的なものになりがちだが、ここでの愛は幾千もの書物に目を通し、幾多の議論を経て形になったものである。つねに惹きつけられる学術的な対象へのやむことのない好奇心とも言える。だからこそ、氏が披露する言語学への愛に嫌味はなく、むしろ彼が愛を込めて語るその姿勢に私たちは惹かれる。
 では、なぜ、千野の文章に惹かれるのだろうか。
 ひとつには、エッセイの文体にある。長くても十数頁ほどの比較的短い文章にはいくつかの主張が明快になされている。学術的な論文に見られる丁寧かつ盤石ではあるが回りくどい手順はここには見られない。しかし、このような断定の文体は一見容易に思われるが、学者としては危険と隣り合わせである。というのも、「こういう例がありますが……」と異論を出されたら、一瞬にして信用を失うからだ。だが、ここで発せられるのは、幾多の読書体験に裏付けられた言葉である。読了した論考の数々から、それぞれのお題にふさわしい書物が厳選され、読者の目の前に提示される。目利きの言語学者が精選した文書という安心感もそこにはある。
 その上、氏の譬えにも一興がある。「音声学を本から習うのは水泳を本から習い」、手順を「暗記するようなもので、しょせん畳の上の水練にすぎない」とか、音声学とは無縁の読者が読んでも、「そうなのね」と一瞬思わせる術が巧みなのだ。また褒めてばかりの書評とは異なり、不足している点を指摘したり、翻訳の質に疑問を呈したり、取り上げる書物にも容赦はなく、歯切れのよい文章も魅力を高めている。
 そして何よりも専門書と大きく異なるのは、全編にわたって人間味あふれる文章になっていることだ。「言語は人と切り離すことができない」(本書、二二頁)とあるように、言語と人間は不可分の関係にある。だが、その関心は単に学術的な議論に限られたものではない。ロゼッタストーンのシャンポリオンに触れた際に、「解読の話というのは、それを研究する研究者の個性と共に人生のドラマを展開して見せてくれるのである」(本書、七三頁)と述べられているように、本書の後半「Ⅱ 近代言語学を築いた人々」の屋台骨をなしているのは、学問的な偉業に加え、個々人への関心である。例えば、カルツェフスキーの略歴の記述は簡素なものだが、当時まだよく知られていない人物への絶対的な敬意が窺える。
 このように、千野の文章にはいくつかの特徴がある。では、専門的な奥行きがありがら、この本はどうしてここまで巧みに読者を魅了するのか。それは、しばしば言及される言語の「機能」を千野がよく意識していたからだろう。

 話を進める前に(いや、進めるために)著者千野栄一の略歴をたどってみることにしよう。
  一九三二年二月七日、東京の渋谷に千野栄一は生まれた。戦争で父親を亡くしたこともあり、七年制の旧制府立高等学校尋常科に通うかたわら、渋谷の果物屋「チノヤ」の早朝の仕入れを連日手伝っていたという。同級生には、のちに民族音楽の専門家として知られる江波戸昭もいた。氏によれば、「一限目の授業にかけつけた後は、教室でまどろんでいるか、さぼって体育館に行ってボールと戯れるか」(『ポケットのなかの千野教授』チャペック兄弟協会、二〇〇三年)のどちらからだったという。とはいえ、旧制高校の最後の世代となる千野を魅了したのは教員たちの知的な刺激だった。高等科の教授(現在の大学教授に相当)も授業を担当し、なかでも、千野がよく名前を挙げたのは琉球史の東恩納寛惇であり、経済史の松田智雄であった。
 一九五〇年、東京外国語大学ロシア語科に入学、その後、東京大学文学部言語学科でも学ぶ。「今から考えてみると私の人生は常によい先生とよい友人に恵まれていた。大学のとき一人の先生に出会い、結局その先生と同じような分野を選び、同じ職業を進んだ」(『プラハの古本屋』一九八七年)と述べているように、言語学の道に進む決意をしたのはこの時期だろう。日本におけるスラヴ学を切り開いた木村彰一の授業には、東京外大の頃から通っていたという。なお、名著『外国語上達法』(岩波新書)で度々出てくるS先生は他ならぬ同氏のことである。
 同大学を卒業した一九五八年、戦後初のチェコスロヴァキア政府留学生としてプラハのカレル大学に留学する。留学直後はチェコ語の準備講座に通うのが一般的だが、ロシア語が堪能であった千野はすぐに正規の授業を受けることになる。古代スラヴ語の泰斗ヨゼフ・クルツ、一般言語学のヴラジミール・スカリチカらの授業を受け、スラヴ学、一般言語学の一線級の知識を身に着けたのである。戦後日本の人文学において、西欧のメソッドが主流である中、スラヴ語圏の知的潮流を日本にもたらした意義は計り知れない。
 帰国後、東京教育大学(現、筑波大学)を経て、一九七六年から東京外国語大学で教鞭をとりはじめ、多くの後進を育てることとなった。行政面でもその能力を発揮し、東欧での体制転換後の一九九一年、東京外国語大学にポーランド語、チェコ語専攻が設立されるにあたって、千野が尽力したことはよく知られている。一九九四年に定年を迎えると和光大学に移り、一九九七年から二〇〇一年まで同大の学長を務めている。
 千野は、名エッセイストとしても知られ、『言語学の散歩』(大修館書店、一九七五年)、『言語学のたのしみ』(同、一九八〇年)など、言語学をめぐるユーモアあふれる文章を多数発表した。これらに加え、亀井孝・河野六郎・千野栄一編『言語学大辞典』(全六巻、三省堂)という金字塔を打ち立てたことは特筆に値する。言語学と並んで生涯にわたって関心を寄せていたのが、チェコの作家カレル・チャペックである。その魅力を綴った『ポケットのなかのチャペック』(晶文社、一九七五年)は、日本でチャペックファンを数多く生み出すきっかけになった。また古書の愛好家としても知られ、『プラハの古本屋』(大修館書店、一九八七年)では、本への愛が紙面から滲み出ている。翻訳にも積極的で、児童書を数多く訳出したほか、チャペック『ロボット』(岩波文庫、一九八九年)、ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』(集英社、一九八九年)などの訳書も手がけている。
 二〇〇二年三月十九日、千野は七十歳でこの世を去っている。
 この略歴を振り返ってみると、九年に及ぶチェコスロヴァキア留学が千野にとって大きな転換点となったと言えるかもしれない。社会主義国家の留学というと、色眼鏡をかけて判断されそうだが、それは、プラハ言語学サークルの伝統が息づく古都への留学でもあった。一九二六年に結成された同サークルは、本書でも言及されているヴィレーム・マテジウスが初代会長を務め、チェコの美学者ヤン・ムカジョフスキーの他、碩学ヤコブソン、音韻論のトゥルベツコイ、民俗学のボガトゥイリョーフら多彩な面々が集っていた。ナチスの時代に活動を停止したものの、再評価が一九六〇年代に始まっていた。それはまさに千野がプラハで研鑽を積んでいた時期のことであった。
 同グループの活動は音韻論から言語美学まで多岐にわたるものだが、あえて二点にまとめると、一つは言語現象の「揺れ」を前提としていた点、そしてもう一つは「機能」の観点から言語を検討しようとした点が挙げられる。一九一一年、マテジウスは「言語現象の潜在性について」という講演を行い、言語には「静的な揺れ」、つまり共時的な揺れがあることを指摘する。プラハ学派は、構造には揺れがあるというアンチテーゼから発することになったのである。
 次いで、機能に関しては、千野自身の文章を引用しよう。

 言語は人間の社会の役に立っており、人間の要求に応じて一定の仕事を行っている。このことを言語は機能を持つという。(…)/言語に機能がある限り、言語のしくみはこの機能にふさわしいものでなければならない。そこで言語は、機能を遂行するさまたげとなる要素を除去していき、機能の立場から整然とした構造を要求する。
 (千野栄一「言語からみたいい文章」『現代作文講座1 文章とは何か』明治書院、一九七七年、十七頁)

 機能に合わせた構造。端的に言えば、言語は要求に合わせて表現や文体を変えているとも言える。例えば、『言語学のたのしみ』という著作は文字通り「楽しい」ことが求められる。だからこそ、「「元祖ゴキブリラーメン」考」といった文章が収録されている(内容が気になった方はぜひ同書を手にしてほしい)。本書もまた多くの読者を言語学へと誘うものであり、その間口は広いに越したことはない。だからこそ、そのような機能を果たすべくエッセイという文体が選ばれているのだ。つまり、プラハ学派で理論的な蓄積のある「機能」を、エッセイを通して実践したのである。
 近年発展が著しい認知言語学、コーパス言語学などのトピックは本書では扱われていない。だが、そのことは、本書の魅力を減じるものではない。言語を論じる上で根源的な問いが本書の中心に置かれているからだ。その一つが言語に対する相対的な見方だろう。日本語は特殊な言語であるという迷信が広く流布していることに対して、著者は断言する。「実際には日本語はとりわけ難しい言語でもなければ、特殊な言語でもない。いろいろな言語に接してみると、日本語にあるもので外国語に例がないというようなことはなんにもない」(本書、一二二頁)。あるいは、英語が外国語の典型と錯覚する傾向についても、「もうすこし多くの言語を眺めさえすればこのような誤解はいとも簡単に解消でき、逆に英語の方がかなり珍しいことだってあることに気がつくはずである」(本書、一二三頁)と述べる。私たちの世界認識には偏りがあり、第三、第四の視点さえあれば、物事を相対的に、そして立体的に捉えられることを、アイヌ語、エスキモー語など多様な言語の例を参照しつつ、本書は教えてくれる。
 また本書の射程は、狭義の言語学に留まるものではない。しばしば言及されている「言語外現実」は先に触れたプラハ学派の理論とも関連するものだが、発話あるいはテクスト外の現実をどう理解するかという問いは、文学や詩学の領域に連なるものである。このように、本書は、言語学、文学、詩学、翻訳研究など、言語にまつわるあらゆる事象への関心を喚起し、身の回りの言葉に対する意識を高めてくれる一冊となっている。

 最後に私事になるが、私と千野栄一先生の関係に触れておく。本書では数多くの書が言及されているが、私も高校時代に図書室で『言語学のたのしみ』を手にしたことで進むべき道が決まったと言えるかもしれない。著者が東京外国語大学教授であることを知り、同大学への進学を決めたが、それはちょうどポーランド語、チェコ語専攻が新設された年だった。私はチェコ語専攻の一期生として、千野先生から直接指導を受ける機会に恵まれた。パブロフの犬のように「チェコ語」と聞いたらすぐに反応できるように、一年次に週三回ほど一限の授業だったが、文字通り「注文の多い」授業だった。長年の夢でもあったチェコ語専攻にかける千野先生の思いは強く、教科書の十課が終わるたびにみずからコンパを企画してくださった。その後、一九九五年から二年間、私はプラハに留学したが、大学界隈で誰かと会うたびに「君はチノの教え子か?」と尋ねられ、あらためて師の存在の大きさを感じた。当初、言語学を専攻する予定だったが、日本で紹介されていなかった文の奥深さに圧倒され、私はチェコ文学に専攻を変えたが、千野先生は暖かく見守ってくださった。とはいえ、千野先生が鬼籍に入ると、同世代の人たちも徐々にこの世を去り、近年はプラハを訪れても留学時代に投げかけられた質問も耳にしなくなっていた。
 二〇二二年、在外研究でプラハに滞在する機会に恵まれた。ある時、友人の知り合いがプラハのビアホール「黄金の虎」に招待してくれた。そう、それは、作家ボフミル・フラバルが足しげく通ったことで知られている名店で、午後三時の開店とともに満席となる場所だ。店は大きく二つのスペースからなり、手前側のやや大きな空間には長テーブルが並び、奥にはこぢんまりとした空間がある。手前の空間はつねに大勢の人で賑わっており、あやまって席が空いている奥の間に座ろうものなら、すぐに給仕につまみ出されてしまう。そこは、常連客の間だからだ。今回、友人の招きで常連客の陣取る奥の間に初めて足を踏み入れることができた。やや緊張して席に着き、早速ビールで乾杯をすると、向かい側に座っていた男性が声をかけてきた。「君はチノを知っているか? あいつはよくここに通っていたんだ」と。それからあれやこれやと千野先生のことで話は盛り上がった。生前、千野栄一先生は人と人を繫ぐ機会をよく作ってくれた人でもあった。けれども、亡くなってからもそういう世話を焼いてくれたのかと改めて感心しながら、私はビールジョッキを傾けた。

関連書籍

千野 栄一

言語学を学ぶ (ちくま学芸文庫 チ-6-1)

筑摩書房

¥1,100

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入