ちくま新書

どうして副反応疑い死の救済は遅れるのか

新型コロナワクチン接種後の「副反応疑い」死亡報告は増え続けている。遺族、主治医、解剖医、遺伝医学者、法曹、製薬企業、厚労省など関係者に広く取材し、副反応と死の間にある真実を追った『ルポ 副反応疑い死――ワクチン政策と薬害を問いなおす』から、まえがきを試し読みとして公開します。

 新型コロナワクチン接種後の「副反応疑い」による死亡者はどこまで増えるのだろう。
 2022年9月4日時点で、医療機関から「副反応疑い報告制度」に従ってPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に伝えられ、管轄する厚生労働省に届いた副反応は3万4828件。そのうち死亡、障害、入院などの「重篤」なケースが7798件に上る。重篤のなかの死亡例は、1854件を数え、接種回数の伸びとともに増加している。
 国内の1回目から4回目の総接種回数(推定)が3億1450万9052回に達しており、厚労省は副反応疑い死を「極めてまれ」ととらえるが、そのすべてが報告されているわけではない。現場の医師や遺族の判断で報告が見送られたケースも少なからずある。
 何よりも、ワクチン接種後、短時日で命を絶たれるほど理不尽なことはない。感染予防のためにと国が推奨し、自分や家族、まわりの人、社会を守るために受けた予防接種で死ぬとは誰も考えていないだろう。病気の治療で副作用のリスクを覚悟して投与する薬剤とは性質が違うのである。おまけにワクチン接種と死亡との「因果関係の証明」には大変な困難がつきまとう。
 元気に働いていた30歳の長男を、2回目の接種から3日後に突然、亡くした父親の岡本裕二さんは言う。
「朝、息子が出勤時間になっても起きてこないので、妻が見に行ったら、自室でうつ伏せに倒れたまま冷たくなっていました。救急車も間に合わず、警察官が来て、家族も締め出されて現場検証です。警察が遺体を運んで行って、解剖されましたが、死因は『不詳』の二文字だけでした。何の前触れもなく、いきなり息子を喪った悲しみに追い打ちをかけられたようでした。どうして息子が死んだのか、まったくわからない。なぜ、息子が死んだのか知りたい。そこから長いたたかいが始まったのです」
 岡本さんの長男が職域接種で投与されたワクチンは、モデルナ製の「異物混入」の疑いがかけられたロットのものだった。同じロットの接種後には、38歳男性、49歳男性も亡くなっているが、長男を含めて3人とも接種と死亡の因果関係は情報不足などにより「評価できない(評価不能)=γ」と副反応報告で判定されている。
 国は、確率は低いけれど致命的なロシアンルーレットのような副反応問題に二つのしくみで臨んでいる。一つは、前述の副反応疑い報告制度だ。全国から疑い事例を集め、一例ずつPMDAの専門家がワクチンとの因果関係について「否定できない(認める)=α」、「認められない=β」、「評価不能=γ」と判定し、厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会の公開資料にリストアップしていく。ワクチン接種の動向をモニタリングするためであり、結果は公表され、「安全性に関する情報提供」が行なわれる。
 ただし、現時点で副反応疑い死1854例のうち因果関係を認めたα判定は一つもない。99%以上がγ判定で、一部、否認のβ判定が下されている。
 評価不能のγ判定は、遺族の心をへし折るような衝撃を放つ。γ判定を言い渡された遺族は深い喪失感に包まれ、死因の手がかりはなく、時間だけが過ぎていく。そして死因の解明は不可能だと思い込み、国が用意したもう一つのしくみ「予防接種健康被害救済制度」になかなかたどり着けないのだ。
 国は、疑い報告とは別に救済制度も用意している。こちらは健康被害者(もしくは遺族)が書類を整えて自治体の窓口に補償請求の申請をして動きだす。疑い報告とは別の制度だが、多くの遺族は両者を混同し、γ判定では救済されないと早飲み込みして申請を控えてしまう。
 だが、諦めるのはまだ早い。厚労省は救済について「厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」(2021年12月9日「新型コロナワクチンに係る健康被害救済について」)とアナウンスしている。遺族が自治体に出した申請は、都道府県を経由して国に取り次がれ、審査会で一件ずつ認否の審議が行なわれる。副反応疑い死の場合、死亡一時金(4420万円)・葬祭料(21万2000円)の請求が焦点となる。
 実際の健康被害救済制度の運用状況はどうか。
 2022年10月17日の審査会資料によれば、国が受理した総件数は4689件。このうち996件の補償請求が認められており、その多くがアナフィラキシー(アレルゲンなどの侵入により、複数臓器に全身性のアレルギー症状が引き起こされ、生命に危機を与える過敏反応)に類する症例である。認定された患者には医療費や医療手当が支給されている。厚労省は、生きている患者への補償を優先する。
 一方、死亡一時金の支給が認められたのは、急性アレルギー反応・急性心筋梗塞で亡くなった91歳女性、間質性肺炎急性増悪で死亡した91歳男性、血小板減少性紫斑病・脳出血が死因とされる72歳男性、免疫性血小板減少症の疑い・脳静脈洞血栓症の72歳男性の4人だけだ。10件以上の「保留」のなかには26歳で逝った女性の例も含まれており、働き盛りの若い世代への補償の遅れが目立つ。
 どうして副反応疑い死の救済は遅れるのか。
 その構造的要因を解き明かし、接種と救済の途切れがちな環をつなぐことが、本書を執筆した動機の一つである。岡本さんのケースをはじめ、接種後のトレーニング中に倒れて他界したプロ野球選手=木下雄介さんの症例、突然死した遺体の解剖後に副反応疑い死が濃厚になった事例などにスポットを当てた。ご遺族や主治医、解剖医、免疫とワクチンに詳しい医学者、厚労省の官僚、法曹、製薬企業の関係者らに当たって事実を掘り下げ、悲劇をもたらした背景を浮かび上がらせる。死因の究明に必要な要件が見えてくるだろう。
 じつは、因果関係の評価不能という高い壁を乗りこえるには、医学的分析だけでなく、法理で導かれた「基準」も必要だ。かつて社会防衛を最優先する国が強制的に予防接種をしていた時代、接種後に人が亡くなっても「特異体質」のひと言で済ませ、死亡例を「無過失予防接種事故」と呼んで放置した。虐げられた被害者が立ち上がり、人間の尊厳を取り戻す過程で確立した基準は、いまなお有効である。
 救済の遅れの対極には医薬品の開発至上主義、巨大製薬企業と政府間の約定があり、医療の市場化という潮流がながれている。公的な医療保険で支えられた日本の医療市場の開放を迫る外圧は凄まじい。外圧がワクチンの薬事承認に与えた影響は小さくないだろう。
 どんなにすぐれたワクチンでも副反応が必ず生じる。
 人の免疫は複雑で多様なため、ワクチンを接種すれば病原体に対する免疫をつくる「主作用」以外の好ましくない症状も生じる。免疫がかかわっているので、これを「副反応」と呼び、病気の治療薬にともなう「副作用」とは区別している。避けられない副反応をどう減らしていけばいいのか。免疫を知り尽くす遺伝子医学の第一人者から、そのための科学的アプローチも聞いた。時代の証言として書き残しておこう。
 厚労省データの無機質な数字や文字、判定の向こうに生身の人間の取り返しのつかない喪失と、悲しみの底から立ち上がろうとする営みがある。そうした生命への敬愛を胸に筆を起こしたい。