ドキュメント感染症利権

検証・コロナvs政治 
海堂尊×山岡淳一郎(前編)
――特集対談

2020年4月、「緊急事態」が宣言される中リアルタイムで執筆され、急ぎ出版された2冊の本。無為無策の政治風景と医療現場の緊迫を克明に描き出した小説『コロナ黙示録』海堂尊著と、感染症という科学的事象に右往左往する国の有り様を追い医療を蝕む闇を衝いたノンフィクション『ドキュメント感染症利権』山岡淳一郎著だ。両作品の著者が縦横無尽に問う「この国はなぜコロナと闘えないのか」――

▼「緊急事態」下に書かれた2冊

海堂尊    ご著書の『ドキュメント感染症利権』(ちくま新書、2020年8月10日刊)を読んで本当に腑に落ちるところがたくさんあり、とにかくこれは現場の医師に広めなきゃいけない必読書だと思いまして、色々お話を伺いたく思っています。

海堂尊氏













山岡淳一郎    ありがとうございます。私も『コロナ黙示録』(宝島社、2020年7月10日刊)、一気に読ませていただきました。非常に面白かったです。とにかく出てくる人たちがついつい目に浮かんで(笑)、本当に楽しめました。
 特に、大型クルーズ船内の指揮を執った官邸と厚労省のコンビが……私も取材していて至るところでいろんな話を耳にしていたものですから。

海堂    僕は医療従事者の観点から見ても、とんでもない対応をする人と、よく分かっていない人だなあと思いましてね。

山岡    『コロナ黙示録』全体の印象を話しますと、一番感じたのは、2020年2月からのコロナ第一波に際して、海堂さんの中の義憤が、新聞記者やジャーナリストが書く文体とは全く違う、まさに小説家の文体で表現されているという点ですね。登場人物のキャラクターがすごく面白いうえに、私たちがこの春に目の当たりにした出来事の政治的背景をしっかりと書き込み、それに対する海堂さんの義憤が展開されているところに共感以上のものを感じました。

山岡淳一郎氏














海堂    ありがとうございます。電子書籍版のあとがきに執筆経緯を書きましたが、この作品を書こうと思ったのが4月7日、政府の緊急事態宣言が発出した日です。2019年の暮れぐらいから、メディアや政府のコロナの扱いについてずっともやもや、いらいらしていて、どこかに書けないかと思っていました。『玉村警部補の巡礼』(宝島社文庫)という全く感染症とは関係ない作品の文庫化作業をしていたので、文庫版あとがき4ページのうち3ページを割いて、書いてしまいました。担当編集さんからは「文庫のあとがきなのに……」と顔をしかめられまして(笑)、その直しの作業をしているときに、いっそのこと、これで1冊にしちゃえ、と思い付いて、書き下ろしたわけです。4月7日に書き始めて1カ月半後の5月25日、緊急事態が解除された日に校了しました(笑)。

山岡    ちょうど第一波の渦中でやったわけだ。

海堂    そうそう。緊急事態の中でこもって書きました。これ、うそのような本当の話で、どこかの知事の発表したうがい薬じゃないですが(笑)。

『コロナ黙示録』宝島社刊


















山岡    私の書いた『ドキュメント感染症利権』も、ほとんど同じタイミングなんです。ちょうど緊急事態宣言が出るか出ないか、という3月末に編集部と打ち合わせをして書き始めた。あの時点で感じたのは、PCR検査の問題。おそらく海堂さんも同じような認識をされているのではないかと思いますが。

海堂    医学的には、調べられるだけ調べる、症状がある人は全部調べるっていうやり方は当たり前です。

山岡    ですよね。要するにPCR検査っていうのは火災報知器みたいなもので、至るところにある(実施する)ほうが、社会全体の状況がつかめる。なのにいろんな理屈をつけて、クラスター対策とか言って、やれることがなくて、これしかできないって感じでやっているけれど、その間にも感染者はどんどん増えている。これはおかしいな、という思いが執筆動機でした。

海堂    あのスタイルは本当に間違えていました。症状を疑う患者さんは病院に行く、で、病院から保健所に問い合わせ、許可を得て検査できるプロセスになっていて、保健所の段階で取捨選択されるっていうのは言語道断です。対応策の正解としては簡単で、病院からPCRを検査するところに直結させれば、どうってことなかったんです。
 なぜそうならなかったのか。厚労省の検疫に対するプライド、感染症はとにかく保健所中心という前例に固執していました。ところが保健所というのは、近年、安倍晋三前首相の新自由主義政策で医療福祉を削ったせいで、弱体化していた。人材派遣会社のアルバイトが事務を担当していたという話もありました。めちゃくちゃなんですよ。

山岡    医師に取材すると、だから保健所とのやり取りで話が通じないって言ってましたね。

海堂    保健所の実務を支えていたのは、かつては医者と専門家としての保健師です。保健師というのは、看護学校を卒業した看護師が保健師学校などに進んで1年学んで、それでなれる職業です。そういう下支えが随分崩されているのです。

山岡    なるほど。

▼「ごまかし」と「やり過ごし」では対峙できない感染症

海堂    『ドキュメント感染症利権』の感想に戻ります。その時の社会情勢をしっかり踏まえて書くのって、大変ではなかったですか。僕も『コロナ黙示録』で小説として同じことをやろうとして、情報がネットで分断されて虚実入り交じっているために、すごい大変でした。
 ネット上ではあの本は、週刊誌情報を継ぎ合わせただけで、ろくに調べずに書いたんだろう、なんて中傷もされました。山岡さんも、そういうことはありませんでしたか? 

『ドキュメント感染症利権』ちくま新書刊



















 
山岡    「感染症利権」とタイトルで謳っているのに、誰が誰にカネをいくら渡したとかもらったとか具体的な話が入っていないという意見は耳にしました。いま起きていることの歴史的構造がはらむ問題を指摘したかったのでこういうシンボリックなタイトルにしたのですが。
 日本は、新型コロナ感染症がパンデミックとして騒がれ始めた頃に、対応の根本策を大きく踏みはずしたんだと思います。感染拡大初期のPCR検査の問題にも表出していますが、そういう失敗をできるだけ小さく見せてごまかしておけば、最重要のオリンピック開催を含めた経済政策でもって何とかできるだろう、というやり方が透けて見える。これまでも口先介入だけで色々政策をでっち上げてきた政権が、今回のコロナでも同じやり方で乗り切れると思い込んでしまったところに、根本的な誤りがあるのではないかという問題意識で書いたのが本書です。
 『コロナ黙示録』も、まさに同じような問題設定がされていたので、読んでいて勇気づけられましたよ。

海堂    こういう問題意識は特別なものではなく、少し世の中に関心を持っている人は、たいてい気づいてるんです。医療従事者も、そんな風に考えている人が大多数です。結局、問題はいいかげんな政権と、それを無批判に垂れ流すメディアなんです。

山岡    感染症というのは、最初は生物学的なウイルスが人にうつっていくわけですが、不安感も一緒にうつっていくし、社会全体の中で自粛や規制をする心理もうつる。いろんなものが伝播していく。先が見えない。そんな中で、権力を握ってる側と、それを伝える側、まさにおっしゃったところですが、安倍政権そして菅政権と、権力の監視役のメディアの関係がずぶずぶになっているのが問題で。

海堂    黒川弘務・東京高検元検事長が新聞社の人間と麻雀していたのも同じで、あれは完全に情報交換会です。
 黒川さんの問題が引き金になり、安倍政権は終わり今、菅政権になりましたが、僕は原稿では「安倍→菅政権」と表記しています。リニューアルされていない、続きの政権ですから。その時についでに思いついたのが、菅さんが率いる「爺民党」という言葉でした。ピッタリでしょう?(笑)。

山岡    言い得て妙ですね(笑)。

海堂    政治の世界だけでなく医療の世界でも、とにかく若手が減っているから、昔からのモデルが全部崩れてくるのは当たり前なんです。下の世代が上を支えるみたいなピラミッドが逆になっているのだから、仕組みも色々変えて、上も自助努力するしか道はないのに、逆ピラミッドの上にいる爺さんがずっと威張り続けていたら、下はつぶれます。それを言い表したかったんです。

2020年12月9日更新

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海堂 尊(かいどう たける)

海堂 尊

1961年千葉県生まれ。外科医・病理医としての経験を生かした医療現場のリアリティあふれる描写で現実社会に起こっている問題を衝くアクチュアルなフィクション作品を発表し続けている。デビュー作『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)をはじめ、「桜宮サーガ」と呼ばれる同シリーズは累計1千万部を超え、映像化作品多数。Ai(オートプシー・イメージング=死亡時画像診断)の概念提唱者で関連著作に『死因不明社会2018』(講談社)がある。近刊書に『コロナ黙示録』『コロナ狂騒録』(ともに宝島社)、『奏鳴曲 北里と鷗外』(文藝春秋)、『北里柴三郎 よみがえる天才7』(ちくまプリマー新書)。

山岡 淳一郎(やまおか じゅんいちろう)

山岡 淳一郎

1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマに近現代史、政治、医療、建築など分野を越えて旺盛に執筆。一般社団法人デモクラシータイムス同人。著書は『ドキュメント 感染症利権 ―医療を蝕む闇の構造』『原発と権力』『長生きしても報われない社会』(ちくま新書)、『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)、『気骨 経営者土光敏夫の闘い』『国民皆保険が危ない』(共に平凡社)、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(共に草思社)、『放射能を背負って 南相馬市長桜井勝延と市民の選択』(朝日新聞出版)、『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)、『コロナ戦記―医療現場と政治の700日』(岩波書店)ほか多数。

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