ドキュメント感染症利権

検証・コロナvs政治
海堂尊×山岡淳一郎(後編) 
――特集対談

2020年4月「緊急事態」が宣言される中リアルタイムで執筆され、急ぎ出版された2冊の本。無為無策の政治風景と医療現場の緊迫を克明に描き出した小説『コロナ黙示録』海堂尊著と、感染症という科学的事象に右往左往する国の有り様を追い医療を蝕む闇を衝いたノンフィクション『ドキュメント感染症利権』山岡淳一郎著だ。両作品の著者が縦横無尽に問う「この国はなぜコロナと闘えないのか」――

前編から続く〕

▼逼迫・奮闘する医療現場のリアルが『コロナ黙示録』にある

山岡淳一郎    今回の私の本では、権力が作用している構造を、全体像を描いたので、今は地面に近い視点で、人がどういうふうに動くのかっていう所に注目して現場を訪ねています。海堂さんの『コロナ黙示録』に出てくる白鳥みたいな役人はなかなか現実にはいないんだけれども(笑)、速水だとか、あと研修医から臨床医になった大曽根みたいな、ああいうタイプは結構現場にいるような気がする。

海堂尊    あれが現場の良心であって、そういう人たちが日本の良質な医療を作り上げてきた遺産なんです。速水はちょっと特殊化していかれた救急医ってことになってますが(笑)、いかれてない常識的なレベルの人は大勢います。そういう人が現場を支えている。だから、そういう医療資源を浪費しちゃいけないと心底思うんです。

『コロナ黙示録』宝島社刊


















山岡    私の感覚では、現場がかろうじて保っている医療の質を、指揮系統の上が愚かなために、下手すると滅茶苦茶にされかねないようなケースもあったような感じがするんですよ。

海堂    要するに、日本陸軍の末期と全く同じですね。
 僕はそういう医療現場の良心を知っているから、今回のことは本当に危機感があるんです。つまり、現場と指揮系統が分断していることに危機感を抱いて、作家としてこれだけ書いてきたんですが、今まで、この『ドキュメント感染症利権』みたいな総括をしてくれる本はなかった。この本を読んで、その考えで整理されて、経済原理を歴史に導入していなかったんだな、と気づきました。そうか、経済か、と。それがまさに利権ですね。そういう大きな発見のある本だったんです。
 だから医療従事者にこそ読まれるべき本だと思っています。

『ドキュメント感染症利権』ちくま新書




















山岡    取材で色んなお医者さんに会いますが、この本は社会的な問題への関心の高い医師が興味を持ってくれるんですよ。
 731部隊にしても、医学界できちんと教育として伝えていないのは由々しきことだとおっしゃる医師もいました。本来、研修医に医療倫理を教えるときに、ここをすっ飛ばして語ることはできないだろう、と思います。

海堂    僕も731部隊の本は2、3冊読んでいますが、個々の事象は詳しくても、全体像が見えにくいですね。山岡さんの本は情報量が抑制されているからこそ、歴史という全体像の中での個々の事象の姿が初めて見えてきたわけです。今回のコロナもそうですし、731部隊もそうです。

山岡    731部隊に限って言うと、未解明とはいえ、資料って意外と多くて、一つ一つの事象がかなり詳しく書かれている。起きたことに対しての心情的な反応も入っているから、量が膨大になっているのではないかと思います。

海堂    それを一つ一つ読み解いていたら、そういう感情的なものに囚われてしまいますね。
 だから、抑制された情報量の中で俯瞰することが重要だと思うのです。今、われわれが手に入れなきゃいけないのはこういう厳選された情報で、とんでもないことが起こったとして、そのとんでもなさに極度に入り込んでいたんじゃ、正しい姿が見えません。

山岡    そうですね。

海堂    過去のことを反省するとして、何が起こったかを適正に理解するには、この本の並びはすごくよかったですね。

山岡    731に関しては、本にも書きましたが、戦後もGHQと取引をして、組織は消えたけれども個人としては生き残って、医療現場に復活していく。そして戦後の医療の仕組みづくりの一翼を担う。その人たちが教えた弟子、孫弟子が、今の感染症をめぐるこの状況の指導に当たっているわけです。戦前と戦後の精算という話が先ほど出ましたが、これも同じで、脈々とつながっている。
 で、彼らの口からは師匠の話はまったく出てこない。そういう人脈で作られている感染症コミュニティで、それを強固に保っているものが何かというと、大きな要因としての秘密主義があるんじゃないか、とつい邪推してしまう。秘密を共有した集団って強いじゃないですか。
 

 













実録・東大の学閥――海堂版

海堂    でもまあ、この本にもつながりますけれど、諸悪の根源は東大じゃないかな、と(笑)。後藤新平と北里柴三郎の時代のことが書かれていますが、要するに彼らは東大閥からはじかれた人材です。東大閥は、森林太郎や青山胤通(たねみち)らががっちり作った学閥ですから。

山岡    結局は支配する側の藩屏(はんぺい)、後ろ盾の立場が欲しくてそういうことになるんでしょうか。

海堂    あそこはそういう学校です。僕がAiの推進運動していたとき、東大の偉い人に邪魔されました。でも僕は言いたいことは言って、今も講演依頼がありますので、どちらが社会的に正しかったかはもう答えが出ているわけですけどね。

山岡    Aiに関して、一番押さえこみたいのは警察権力なんじゃないですか。これが進んだら、彼らがやってることは冤罪(えんざい)だらけになりかねない。

海堂    おっしゃるとおりです。だから僕が当時運動してるとき、厚労省と、法医学者もやたらとからんでくるな、ということで敵視していたんです。結局、厚労省にとってはどちらでもよくて、もう一方の警察や検察がAiで情報公開になるとやばいから、法医学者を盾に攻撃させていたという構図が最近ようやく見えてきてね。ああ、俺も若かったなって思っているところです(笑)。

山岡    そもそもAiって、色々聞くととんでもない話じゃないですか。

海堂    とんでもないですよ(笑)。詳しくは自伝としての『ゴーゴーAi アカデミズム闘争4000日』(講談社)に書いていますので、ゆっくり読んでください。

山岡    それは本当に楽しみです。

海堂    その本を楽しみって言ってくれる人はなかなかいないです(笑)。

山岡    いや、絶対にこの国の一番暗部の核の部分じゃないですか。

海堂    そこに無邪気にふれちゃったんですよね(笑)。警察庁元長官の國松孝次さんと知り合いだったので、いきなり頂上作戦で会いに行って、どうですかって直談判したこともありましたね。色々やりましたけど結局うやむやになりました。國松さんには、『ひかりの剣』(文春文庫)という小説を文庫化するときは解説を書いてもらいました。

山岡    1995年の狙撃事件で撃たれた、警察庁長官の。國松さんは私も、事件のあとでしたが取材でお目にかかったことがあります。彼は確かドクターヘリか何かの。

海堂    そうそう、事件当時、日本医科大学の救命救急の先生に助けられたんで、その先生が一番やりたがっていることをお手伝いしていました。僕はそのあとで作家デビューして、『ジェネラル・ルージュの凱旋』(宝島社文庫)というドクターヘリをテーマにした作品も書いたので、向こうから手伝ってよって声を掛けられたりもしましたね。

山岡    Aiが実際に普及したら、死因は相当特定されるようになりますか?

海堂    今、死者の2%ぐらいしか解剖されません。あとはもう肉眼で見ているだけです。もし仮にCTやMRIをやると、例えば腹腔内出血、脳出血、心筋梗塞といった主な死因はわかるようになります。CTで3割、MRIで5割ぐらいわかるといわれています。それらで全部わかるわけじゃないですけど、わかった分を除外して、残りを解剖すればいい。
 Aiの普及運動はそういう合理的なシステムを社会導入するものですが、今ではAi学会は会員1000名を超えています。

山岡    今回のコロナと関連づけると、コロナで亡くなっている人の数、日本で発表されている死亡者数は、私はクエスションマークをつけているんですよ。

海堂    本にも書いてありましたね。3、4、5月の東京都で、500人以上増えていたって。

山岡    東京だけでもそういう数字が出るわけですが、それを西浦博さん(京都大学大学院医学研究科教授)に聞いてみたんですよ。

海堂    あの8割おじさんですね。

山岡    彼にいろいろ取材しているときに、私の感覚ではこの500~600っていうのは、これはコロナが見逃されている気がするんだけどって聞いたら、否定されなかったですね。
特に第一波の頃はPCRの数を絞ってるわけですから、PCRを受けずに重症化して亡くなった人が結構いるような気がするんですよね。まさにそこをAiの画像診断で調べていたら、その数も上乗せされるかもしれないな、とかね。

海堂    Aiについては『死因不明社会2018』(講談社文庫)という解説書を書いて、今出ている本では一番だと自負しています。ぜひお読みください。

山岡    はい、そちらも楽しみに拝読します。
 

2020年12月9日更新

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海堂 尊(かいどう たける)

海堂 尊

1961年千葉県生まれ。外科医・病理医としての経験を生かした医療現場のリアリティあふれる描写で現実社会に起こっている問題を衝くアクチュアルなフィクション作品を発表し続けている。デビュー作『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)をはじめ、「桜宮サーガ」と呼ばれる同シリーズは累計1千万部を超え、映像化作品多数。Ai(オートプシー・イメージング=死亡時画像診断)の概念提唱者で関連著作に『死因不明社会2018』(講談社)がある。近刊書に『コロナ黙示録』『コロナ狂騒録』(ともに宝島社)、『奏鳴曲 北里と鷗外』(文藝春秋)、『北里柴三郎 よみがえる天才7』(ちくまプリマー新書)。

山岡 淳一郎(やまおか じゅんいちろう)

山岡 淳一郎

1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマに近現代史、政治、医療、建築など分野を越えて旺盛に執筆。一般社団法人デモクラシータイムス同人。著書は『ドキュメント 感染症利権 ―医療を蝕む闇の構造』『原発と権力』『長生きしても報われない社会』(ちくま新書)、『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)、『気骨 経営者土光敏夫の闘い』『国民皆保険が危ない』(共に平凡社)、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(共に草思社)、『放射能を背負って 南相馬市長桜井勝延と市民の選択』(朝日新聞出版)、『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)、『コロナ戦記―医療現場と政治の700日』(岩波書店)ほか多数。

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