ちくま新書

東北の成り立ちを読み解く!
東北史講義【古代・中世篇】はじめに

最新研究に基づいて東北の歴史を通観する『東北史講義』古代・中世篇の冒頭を公開します。

はじめに


 衛星写真で、ユーラシア大陸の東半を見てみよう。できるなら北半球が冬の時期がよい。弧状に伸びる日本列島を見つけ、日本の東北地方を探してみると、いくつかの特徴をみてとることができる。
 まず日本列島のなかでも、もっとも大きな島である本州の北の端に位置することである。つぎに、海や島々を介して、列島の各地や大陸へと移動することも可能だと実感できることである。さらに、北半球が冬であれば、東北北部や日本海側、そして山間部が真っ白になっているのを目にするだろう。歴史時代になってからの東北の地は、おおむね積雪が多く、比較的冷涼な気候であった。これらは、東北史を考えるうえで欠かせない自然的な要因である。
 本書では、このような自然環境を背景に、東北史を3つの視点から読み解くこととしたい。
 1つめは、近畿地方を中心に国家が形成されると、やがて国家的な境界が東北地方に形成されたことである。日本の古代にあたる時期の東北地方には、狩猟をおもな生業とするエミシと、農耕をおもな生業とする倭人が暮らしていた。両者は、言語や習俗、文化も異なっていたが、なにより政治的な支配関係の相違から、東北地方に境界がつくられていく。ことに古代日本国は、その領土拡大の欲求によって、移民と兵士を送り込み、戦争によって、その国家的境界を徐々に北へと押し上げた。それは中世社会に移行するころには、本州北端まで上昇する。古代・中世の東北地方は、民族と国家の境界の地であったということになる。その歴史は、境界が東北地方の中部から北端へと移っていくものだといってもよい。また、当時の境界がラインではなくゾーンとして存在することに鑑みれば、境界領域と呼ぶのがふさわしい。
 2つめは、境界領域としての東北地方で、人や物、言語、習俗、信仰などの交流が活発に行われたことにある。そこで生産され、交易された物は、北は北海道、南は日本国の都を始めとする各地に運ばれていった。その代表的なものに、馬や金、鷲の羽、昆布、金属製品、焼き物などがある。とくに、東北地方で採れる金は、東北地方や都などの文化を支えたほか、中国や朝鮮との交易にも利用されていた。一方、それらの対価として東北地方にもたらされたものもまた多い。政治のレベルでは、近畿地方や関東地方由来の権力や勢力が、東北地方の人々に対して支配者として臨み、軋轢を生じつつも、地域との交流の中で在地性を強めることが、時代ごとに繰り返されたという特徴もある。このような交流の拠点として、東北地方には城柵、平泉・陸奥国府などの政治的な都市、十三湊などの港町が形成された。
 3つめは、これまで一言で東北地方といってきた、その内側に多様性に富む地域が形成されていたということである。まず、古代以来の境界が、地域性を形作る基礎となった。たとえば東北地方の南部は北部とは異なり、古墳時代にはすでに倭国に含まれ、関東地方とのつながりがとくに強かった。その後も東北地方南部と北部との異質性は存続し、古代では南部が、北部における国家の軍事・行政活動を後方から支える役割をはたしたほか、院政期には平泉藤原氏の文化圏からは距離をおいていた。戦国時代には南北差が大名権力の編成にも影響している。しかし、それのみならず気候や地形、生産物、交通条件などによっても多様な地域性が形作られた。このような多様性は、地域の特色を明確にするとともに、東北地方や日本国、あるいはエミシ・エゾの住む領域を支えた構造とも関連するであろう。
 以上に加えて、本書で示した東北地方に暮らした人々の生活の具体像や、災害とそれへの対応、ジェンダーなどの視点は、なぜ東北史を学ぶのかという問題をより鮮明に示すに違いない。
 ところで、2011年に発生した東日本大震災にともなう原発事故は、東北地方が東京および首都圏によって消費されているという側面を浮かび上がらせた。現代日本国のこうした構造は、必ずしも古代・中世に遡るものではないが、決して無関係とはいえない。東北史を考えるとは、このような構造を明確にさせることでもあり、逆に地域の主体性や独自性を示すことに他ならないと考える。
 最後に、出版の経緯に触れておきたい。東北史を概観した書籍は、いくつか出版されているが、本シリーズのように最新の研究に基づいて時代を通観したものは、豊田武編『東北の歴史』全3巻(吉川弘文館、1967〜1979年)以来、おおよそ50年ぶりだといってよい。『東北の歴史』は、東北大学大学院文学研究科日本史(当時は文学部国史)研究室を中心に企画・出版された。今回は同研究室の創立100周年にあたり、将来の東北史研究を担う若手や中堅の研究者によって執筆されている。古代・中世篇では、第1〜10講で最新の通史を示し、11〜15講では近年とくに注目されるテーマをあつかった。2つのコラムも付した。『東北の歴史』は、長きにわたって多くの読者を惹きつけ、東北への理解を深めることに貢献している。その後継たる本書が、東北史研究の今を伝えるとともに、地域史から現代の諸問題を考える際の手がかりを提供できれば幸いである。

目次より

第1講  東アジアの中のエミシ                                          相澤 秀太郎
第2講  国造制から国郡制へ――陸奥・出羽国の成立                   吉田 歓
第3講  城柵と戦争・交流の時代                                           鈴木琢郎
第4講  城柵支配の変容と社会                                              大堀秀人
第5講  古代から中世への変革と戦乱                                     永田英明
第6講  平泉の世紀                                                              渡邉 俊
第7講  関東武士の下で                                                      黒瀬にな
第8講  奥羽と京・鎌倉――国人一揆を中心に                         泉田邦彦
第9講  戦国期南奥羽の領主たち                                          黒田風花
第10講  北奥羽の戦国世界                                                  熊谷隆次
第11講  〔特論〕北と南の辺境史                                           鈴木拓也
第12講  〔特論〕災害と社会の歩み                                          吉野 武
第13講  〔特論〕奥羽と夷狄島                                              片岡耕平
第14講  〔特論〕奥羽の荘園と公領                                        白根陽子
第15講  〔特論〕伝承と物語                                                 永井隆之
コラム1 伊達家重臣遠藤家文書・中島家文書について          小佐野 浅子
コラム2 「貞観地震」「享徳地震」にみる地震対応の時代性       松岡祐也

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