ちくま新書

東北の構造を立体的に描き出す
東北史講義【近世・近現代篇】はじめに

最新研究に基づいて東北の歴史を通観する『東北史講義』近世・近現代篇の冒頭を公開します。

はじめに


「東北」とは、幕末から近代において作られた言葉である。その領域は古代以来の律令制国たる陸奥・出羽二国であるが、その領域の名称を「東北」と変更し、地方としての一体性を強調するような現象が発生していくのは、主には近代以降のことである。しかし、「東北」という言葉には時として単なる方位以上の、例えば「後進」や「周辺」としての意味が込められている場合が見られる。これは言葉だけの問題ではなく、東日本大震災の原発事故を起こした福島の発電所の電気が首都圏に送られていたことに象徴されるように、東北が日本の「中心」を支える「周辺」という構造は一貫して続いている。
 それでは、どのように東北地方が「東北」となり、「東北」として展開していくのか、その歴史的過程を見ていくこと、これが『東北史講義』全2冊の目的の1つとなるであろう。なかでも本書は、東北の近世・近現代を扱うことで、まさに実際に「東北」の呼称と社会構造が展開していく時代を描写していくことになる。
 本書では、このような問題関心のもと、近世・近現代の東北史を3つの視点から読み解くこととしたい。1つには、中央との位置である。近世と近現代は、奥羽仕置と戊辰戦争という時の政権による軍事行動を契機として、それ以降中央の国家的枠組みのもとでの展開を見せることになる。そしてその展開とは、片や現在の東北六県の枠組みの原型を生み出し、片や中央に従属する東北地方の社会構造を定着させるものとして、それぞれに現代の東北地方に深く影響を与えている。
 とりわけ東北地方の近世と近代を考える上で重要なのは戊辰戦争であろう。この戦争は、東北各地に戦闘の惨禍をもたらしただけではなく、中央から朝敵・敗者とされることにより、以後の東北地方の地位を規定するものとなった。結果として近現代の東北は、中央や太平洋ベルト地帯と言われる工業地帯に比して、工業化が進まず、むしろその労働力と資源を供給する「後進」的な地域として位置付けられてきたのである。
 続いて注目されるのが、各地との交流である。古代・中世を通じて北上を続けた「境界」はこの時代には津軽海峡を越え、さらに外へと広がると同時に、その意味を諸外国と相対する国際的な「国境」へと変貌していった。
 近世の東北地方は、海を通じて北方の異域・異国に対する防衛上の備えとして位置づけられ、特に19世紀以降はロシアとの軍事的緊張と直面し続けた。その一方、その同じ海を通じて江戸・上方・蝦夷地と接続していた。諸大名の必要や幕府領の展開等、政治的な要因を契機としつつ、それにより開かれた列島各地との通路は、豊かな特産物を運ぶ動脈として機能し、なかでも米穀は列島の経済と江戸の食を支えていた。
 近代に入ると、開港や鉄道敷設など交通手段にその変化を読むこともできるが、むしろ位置づけそのものが重要である。農村地帯として位置づけられた東北地方は、近世以来の首都圏への米穀供給地と位置づけられたが、度重なる災害や凶作による人口移動を招き、その行く先は国内外・植民地・「満洲国」など国境の先にまで拡大していった。さらに別の側面での国外拡大の例が、東北に設置された軍隊である。東北には陸軍第二師団と第八師団が置かれ、農村出身の兵士は強兵になるとの考えから、近代日本の数々の戦争で動員され、アジア・太平洋戦争では激戦地へと投入されていった。
 3点目は、中央の影響力のもとでの地域の独自性である。近世においては、列島北部に相当の大きさの領国を持つ諸藩領が展開し、政治的にも文化的にもそれぞれに特色ある地域を形成していった。そのなかのいくつかは、現在の東北地方の多彩な伝統文化として根づいている。しかし華やかな文化的側面の一方で、列島北部に位置するがゆえの痛みとも直面し続ける。寒冷な気象に端的な影響を受けるのは他でもなく東北地方であり、その影響の甚大さは他の地方と比べて計り知れない。近世で繰り返される凶作・飢饉に対して、身分の上下を問わず東北に住む人々は向き合わされた。
 この傾向は近代でも同様ないしはさらに拡大し、構造化されていくが、一方で県庁所在地等には近代都市の文化的要素が持ち込まれていった。仙台には第二高等学校や全国で3番目となる東北帝国大学が設置されて「学都」と呼ばれ、政治や学問の世界で多くの人材も輩出し、日本の近代化を進める役割を担うに至った。その一方、中央への従属の構造に対してそれを変革しようという動きも常に存在してきた。明治初期では東北開発が政府の大きな目標にすえられ、戦前では東北振興策がうたわれた。戦後も、1950年代後半には東北開発が政府の重要施策となり、高度経済成長期にも新産業都市計画のひとつに選ばれ、重工業化が企図された。
 以上の問題関心に基づいて、17世紀初頭から今日までの東北の歴史を、全15講の構成で述べていく。このような時代を通覧した東北史の試みは、豊田武編『東北の歴史』全3巻(吉川弘文館、1967〜79年)以来、おおよそ50年ぶりといってよく、さらに本書は『東北の歴史』と同じ、このたび100周年を迎える東北大学日本史研究室の創立記念事業として企画され、同研究室出身の若手・中堅研究者を執筆者とした。50年の研究の総括ともいうべき本書は、第1〜4講で近世前期から幕末までの政治的な流れを踏まえた近世東北について叙述し、第5〜8講で近現代東北の政治・経済・軍事の流れを概観する。さらに第9〜11講では流通網の整備や藩主顕彰、飢饉への対応など近世東北社会の展開の諸相を、第12・13講では近現代の東北地方における社会や教育などの諸相を、特論として取りあげる。全体として『東北の歴史』に比して近現代の叙述に大きく紙幅を割いたことは、もちろん近年の研究状況を踏まえたことではあるが、本書の1つの意義とも考えている。最後に、第14・15講で現代の東北が直面する東日本大震災や災害に向き合う歴史学のスタンスを特論として据えることで、古代・中世篇、近世・近現代篇の2冊を通じて、歴史学と現代社会という課題ないしは東北史の未来への展望を示すものとしたい。

目次より

第1講  近世の幕開けと諸藩の成立                                                  兼平賢治
第2講  藩政の展開と藩主                                                          清水 翔太郎
第3講  社会の変容と諸藩                                                              天野真志
第4講  幕末の諸藩と戊辰戦争                                                    栗原 伸一郎
第5講  明治政府と東北開発                                                           小幡圭祐
第6講  近代日本の戦争と東北の軍都                                                 中野 良
第7講  戦時体制と東北振興                                                           伊藤大介
第8講   戦前戦後の東北の流通経済――百貨店を中心に                         加藤 諭
第9講   〔特論〕奥羽の幕領と海運                                           井上拓巳
第10講 〔特論〕神に祀られた藩主――弘前藩四代藩主 津軽信政            澁谷悠子
第11講 〔特論〕近世後期の災害と復興・防災                                高橋陽一
第12講 〔特論〕東北開発と地域有力者                                        徳竹 剛
第13講 〔特論〕近代東北の教育と思想家                                     手嶋泰伸
第14講 〔特論〕東日本大震災と歴史学
     ――史料レスキューの現場から考える                              佐藤大介
第15講 〔特論〕東日本大震災と地域社会
     ――福島県双葉郡富岡町の原発立地 から全町避難を考える       門馬 健
 

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