無言板の類型と特徴
無用の看板はたとえその存在を忘れられていたとしても法的には設置者や土地の所有者の持ち物です。しかし、ひとたび「無言板」として見出されたものは発見者・撮影者、さらには鑑賞者のもの(所有物ではありません、自分の一部という意味です)になるのだと思います。本書はそんな無言板を読者のみなさんが鑑賞し読み解くことで各自のものにしてもらうために、そして、そのことによってみんなのものにするために書かれました。
まずは無言板の特徴を簡単に説明しておきましょう。
無言板にはその状態や置かれた状況など見た目にさまざまなものがあります。ここでは路上観察学的な方法で、無言化の様態から10の類型(タイプ)を挙げ、さらに外見的・機能的な特徴からそれぞれに小分類(カテゴリー)の例を付記しておきます。
[ホワイトボード型]

すべての文字や絵などの情報が消えた結果、白地だけが残ったもの。あるいは、商業広告看板でスポンサー不在のため白の下地だけがむき出しになった〈白色看板〉は、無言板のもっともスタンダードで美しいタイプと言えるでしょう。視覚情報にあふれる街中に忽然と立つ白板は、絵が描かれる前のカンバスのように清々しく、さまざまな想像力がかき立てられます。
小型で等身大のものはその立ち姿から『千と千尋の神隠し』のカオナシにあやかって〈モジナシ〉と呼ばれます。類似する小分類に、一面スカイブルーの〈空色看板〉やグリーンの〈緑色看板〉など単色で地色が塗られたモノクローム看板があります。
[純粋看板]

ポスター専用の掲示板等に何も貼られていない状態です。告知する情報のない掲示板は三次元空間に垂直に定められた任意の平面であると同時に、用途のない純粋な物体として現実界に出現した一種のイデアなのかもしれません。まさに〈言うことなし〉の存在で、無言板のパーフェクトな姿を体現しています。
小分類として、ガラス張りの箱形ケースになにも掲示されていない〈空っぽ水槽〉、インフォメーションボードなのに一切の掲示物のない〈ああ無情報板〉、内蔵ライトが点灯しているだけの〈「無」確認発光物体〉などがあります。
[ペインティング型]

文字や図像が消えた後、雨風によって埃ほこりやしみが模様のようになったり、さらに何者かの手によって消されたり塗られたりしたことで、意図せずとも絵画的な効果が生まれたものです。自然や人為が創造した偶然の産物で、時間の経過によって今現在も変化していく過程にあります。抽象絵画のようなもの、荒々しいアクション・ペインティングや心象風景を思わせるものなど表現力が豊かでバラエティーに富んでいます。
作り人知らずのアノニマス・アートの典型で、野生の絵画であることから分類上〈野良絵〉とも称されます。それらがとくに多数群生するエリアはさながら街角の野外美術展のようになります。
[わびさび型]

経年変化による画面の劣化や下地塗料の剝離の結果、板材の素地があらわになったり、木材の木目、鉄板の錆びなどマテリアルのテクスチャーが立ち現れたりしたものです。イメージの無常とともに作品の持つ生々しい物質性を強く喚起することで、逆に精神性を静かに映し出します。侘しさが漂う〈わび看板〉と金属の錆びた〈さび看板〉に大別されますが、明確な線引きのできない〈わびさび看板〉も存在します。
派生する小分類として、劣化や損壊がさらに進んで看板部分がそっくり空洞になった〈エア看板〉や〈代役フレーム〉など、空(くう)や無といった東洋思想を映し出すものもあります。
[ラッピング型]

文字情報が見えないように段ボールやビニールシートなどの梱包資材で包まれた〈梱包看板〉です。新たに設置されたオープン前のものや、諸般の事情で看板の内容を一時的に読ませないようにしている場合もあります。アーティストのクリストが建築物を大きな布で梱包した作品のように、中身を見せないことで本来の意味から解放された物体は、ただフォルム(形態)やマッス(量感)のみを際立たせながらその存在を強く主張しています。