ちくま文庫

〈もの言わぬ看板〉を10種類に分類してみました。
『無言板アート入門』第一章より

無言板――それは、誰かがなにかの目的で立てたはずなのに、雨風や紫外線の影響で塗料が落ちたり印刷が褪せたりして文字が消えてしまった看板たち。
そんな「無」の看板を10種類に分類できると著者の楠見さんは言いますが、それってどういうことですか――?
ナンセンスを楽しみ尽くすちくま文庫『無言板アート入門』より、第一章の一部を公開します。

[穴埋め問題型]

《穴埋め大喜利》 Fill in the blanks for a laugh

 色文字だけが褪色して黒文字だけが残ったもので、とくに赤文字で強調した重要な部分が欠落している状態はテストの〈穴埋め問題〉のように見る者に解答を促します。赤の塗料が紫外線に弱いため起きる現象で、同じ赤でも耐光性塗料を使用しているものは褪色が見られません。その意味では、設置者の意識や看板業者の質の程度をあぶり出しているとも言えます。

 小分類として、肝心の後半の文字が消えた状態の〈上の句看板〉があります。

[枯れ文字型]

《達筆すぎ》 Too fancy to read

 だんだん文字が薄くなっていく過程にあるものです。進度によってまだ読めるものからほとんど判読できないものまでさまざまなレベルの〈枯れ文字看板〉があります。消え方の様相や度合いによって、かすれ声、しわがれ声、か細い声などなぜか生身の人の声を聴覚的に連想させたりします。時の経過によって人の記憶が次第に薄れていく様子にも似ています。忘却とは見方を変えればむしろ風雅で味わい深いことを教えてくれます。

[シルエット型]

《写真判定の結果、自転車の勝利》 Photo judgement the bicycle won

 文字や色が雨風や紫外線の影響で消失し、黒色のピクトグラムだけがシルエットのように浮かび上がったものです。ピクトグラムは非言語的な絵記号なので文字がなくても意味は伝わりますが、そのため乗用車やシガレットのピクトグラムに赤い斜線を引いた「駐車禁止」や「禁煙」のサインから赤色が消えると「駐車場」や「喫煙所」に見えてしまうという意味の反転事故が起きるので設置者も利用者も大変危険です。

 類似の小分類にカラーのイラストが脱色してアウトラインだけになった〈ぬりえ看板〉があります。

[残像型]

《平成グラフィティ遺跡》 Street graffiti ruins

 看板が取り外された後に残された痕跡から、かつてここに看板があったことがわかるものです。文字やイメージではなく看板というフィジカルな実体ごと消失しているのが特徴で、その見た目は静謐なアンビエント系から荒々しいハードコア系まで多彩です。

 小分類として、直貼りポスターの糊だけが残った〈糊跡芸術〉や、両面テープの跡が絵のように見える〈テープ絵画〉のほか、日焼けやペンキ補修の跡などさまざまな原因によって生成される〈看板遺跡〉があります。

[異次元型]

《2021年路傍の旅》 2021 Roadside odyssey

 日常の中に突如現れた謎の物体、SFの小道具を思わせる〈異次元の無言板〉です。その代表格として、ドアに貼られたプレートの文字が消えた〈どこでもないドア〉と、直立する黒い板状のオブジェと化した〈ロードサイド・モノリス〉の二大スターが人気です。「S(少し)F(不思議)」から壮大なスケールの宇宙叙事詩まで、あらゆるSF好きのハートをがっちりとらえて放しません。

 このように無言板の類型からはさまざまな生成過程を読み取ることができます。ただし、これらは鑑賞の糸口とすることを目的とした分類ですので、すべてを網羅するものではありません。さらに厳密な分類については、読者のみなさんも実際に街中で無言板を探しながらぜひいっしょに考えてもらえたらと思います。

関連書籍

楠見 清

無言板アート入門 (ちくま文庫 く-34-1)

筑摩書房

¥990

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