ちくま新書

その一杯が、もっとうまくなる一冊
『日本のビールは世界一うまい!――酒場で語れる麦酒の話』はじめに

日本のビールが高品質で美味しいのは周知の事実。なぜかと言えば、その一杯には各社の商品開発やシェア獲得競争など、企業努力の歴史が詰まっているからです。ぜひビールを飲みながらお楽しみいただきたい『日本のビールは世界一うまい!――酒場で語れる麦酒の話』の冒頭を公開します。

はじめに
 日本のビールは、“世界一”なのではないか。
 ビールの消費量が日本酒を上回ったのは、高度経済成長が始まる昭和35年。いまではスーパーの酒売り場、あるいは酒場のサーバーでも、高品質なビールがいつでもどこでも提供されているからだ。
 ビール、発泡酒、新ジャンル(または第三のビール。2023年に定義はなくなり発泡酒になる)を合わせたビール系飲料の消費量は、酒類全体の6割以上(数量ベース)を占める。
 ビールはなぜ、日本人に愛されたのか。米を主食とする日本人にとって、穀物酒であるビールは米との相性がよろしいのだ。食前酒として食事と一緒に味わう食中酒として、代表的な地位を確立した。高温多湿な日本の気候風土では、発泡性の低アルコール飲料であるビールは、とりわけ夏場では爽快感をもたらした。同じ醸造酒である日本酒やワインは、発泡性ではないし、アルコール度数もビールの4.5〜6%と比べ、日本酒は15%前後、ワインは12%前後と高い。
 日本人の大半はモンゴロイドである。モンゴロイドは実は、アルコールを分解する体内の酵素が、他の人種と比べて一つ少ないと指摘される。つまり、酒に弱いのである。このため、低アルコールは好まれがちだ(人にもよるのだが)。
 日本のビールは、例えばどこの工場で造っても、同じ中身に仕上げることができるなど、世界のなかでも丁寧に造られているのは事実だ。つまり品質が高い。世界のなかでは、発酵タンクと熟成(貯酒)タンクとを一つにしたワンタンク方式を採用して、効率とコストを優先する会社はある。が、日本の大手4社の工場はいずこも手間のかかる2タンク方式を採用。効率よりも、品質を重視している。
 また、発泡酒や新ジャンルを含めて、新製品が次々と販売されるのは日本市場ぐらいではないか。背景には、激しいシェア競争がある。ただし、消費者である私たちは毎年次から次へと登場する新製品を楽しむことができる。メーカーにとってはマーケティング力の向上、新しい醸造技術の開発、生産現場である工場の改善にもつながっていく。一方で、過度のシェア争いは消耗度が高く、メーカーを疲弊させていく側面は大きい。
 ただ、ここのところ「若者のビール離れ」を指摘する声がある。ビールは1994年をピークに、市場は縮小を続けている。少子高齢化そして人口減少と、国内市場そのものが縮小していることが、構造的な大きな要因ではある。
 さらに、縮小要因を挙げると、缶チューハイに代表されるRTD(Ready to Drink、レディー・ツー・ドリンク。ふたを開けてそのまますぐに飲めるアルコール飲料)市場が拡大したことが挙げられよう。ビールと同じ食前・食中酒であり、発泡性低アルコール飲料という点で重なる。
 詳細は本編に譲るが、税制においてもビール系飲料よりもRTDは優位である。2023年10月、そして26年10月と続く税制改正でもRTDはビール系飲料よりも税額は安い設定となる。このほかにもワインをはじめ、ウイスキーをソーダで割ったハイボール(缶入りハイボールはRTDとなる)なども食中酒として人気である。
 酒種の多様化は進み、かつてのような「とりあえずビール」という環境ではなくなってきた。しかし、そもそもRTDが大きく伸びるきっかけをつくったのはキリンビールであり、ハイボールはサントリーが火をつけた。
 なぜ、ビールを敬遠する若者がいるのかと言えば、「ビールの苦味が原因」(ビールメーカー首脳)という指摘もある。
 しかし、苦味は一度乗り越えてしまえば「好み」となる(が、なかなか乗り越えられない)。甘い酒をたくさんは飲めないが、苦い酒は量を飲める。
 苦味は、場合によっては諸刃の剣ではあるが、戦後にビールの消費量が拡大した要因は、ホップがもたらす上質な苦味にあったのも間違いない。
 消費量は縮小しても、ビールは人々に勇気と元気を与えてくれる。それぞれのブランドにテーマがあり、同じくストーリーがある。一人の時にも、わいわいガヤガヤの大勢の時にも、そこにある酒はやはりビールだろう。プロ野球のチームは、優勝が決まった試合の直後、〝ビールかけ〞を行いみんなで歓喜を共有する。たかがビールと言うなかれ、ビールは力を与えてくれる良き友なのだ。決して人を裏切らない。
 世界一とも言える、日本のビールは、どんな歴史を辿ってきたのか。
 なお、1949年の大日本麦酒分割までは大日本麦酒、麒麟麦酒と表記し、それ以降はアサヒビール、キリンビール、サッポロビールと表記する。また、登場人物の敬称を省略していることをこの場でお断りしておく。さぁ、長い歴史の旅に出よう。

目次

第1章 日本「麦酒」事始め

第2章 大手4社の戦後

第3章 独自の方向性で、各社に人気商品誕生

第4章 ビール市場の転換点

第5章 量を追う時代の終焉

第6章 ビールのこれから


 

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