ちくま新書

高大接続改革とアクティブラーニング

10月のちくま新書『高大接続改革――変わる入試と教育システム』の冒頭を公開します。

 現在の大学入試センター試験は、2019年度を最後に終了し、2020年度からは「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」が導入されます。この新テストは、従来の知識量を問う暗記型の出題形式ではなく、思考力・判断力・表現力なども評価するため、一部で記述式を導入することが決まっています。暗記型、知識偏重型の受験秀才ではなく、正解のない問題を解く、主体的に多様な人々と協働して学ぶ人を評価する仕組みへと、大学受験が大きく変わります。受験だけではなく、高校の教育、大学の教育もこれに合わせて変化していきます。これまでの「基礎知識」に加え、「思考力・判断力・表現力」が求められるのです。

 この高校、大学入試、大学の3つを同時に改革するのが「高大接続システム改革」です。その意義を、文部科学省専門家会議座長・安西祐一郎氏は、こう語っています(毎日新聞2016年3月16日付、東京版朝刊抜粋、http://mainichi.jp/articles/20160316/ddm/004/070/005000c)。

 「これから労働生産性が低迷し、グローバル化が進むなど厳しい時代を生きていくためには、主体性を持って問題に取り組み、自ら答えを見つける総合力が求められる。現在の高校の教育では、従来型の知識を詰め込む授業が主流です。それには大学入試が主に基礎知識が問われるものになっていることが影響していると思います。これからは「基礎知識」に加え、「思考力・判断力・表現力」「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」の要素を評価する入学者選抜に転換する必要がある。記述式問題なら思考力や表現力を評価できます。たとえば、あるテーマに関する1400字程度の新聞記事を読んで自分の考えをまとめる、というような問題です」

 このように、大学入試の問題が大きく変わると、今までのような知識を詰め込む勉強だけをしていては、大学に受からなくなる恐れがあります。そこで、「アクティブラーニング」という言葉が、教育界でにわかに騒がれ始めています。

 この分野の第一人者の一人である、京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上慎一准教授は、ネットニュースのインタビューでこう答えています(引用:http://www.chieru-magazine.net/magazine/2014-high-magazine/entry-3851.html)。

 「知識習得を第一目的とする伝統的な教授―学習観の転換が必要だという意識の高まりの中で、そのカギとなるのが能動的な学習であると考えられている」

 「能動的な学習=アクティブラーニング」。すなわち、黙って先生の話を聴くことだけが学習ではなく、学習者中心の学びへと、教育は大きく変わろうとしているのです。今までの教育は、国家のための人材を育成するものであり、主役は学校・教師の側でした。しかし、学びたい気持ちは本来、一人一人の人間が持っているはずです。赤ちゃんを見てください。親や周囲に言われたことをやるのではなく、自分がやりたいことをして生きています。それが学校に行くうちに、言われたことをやるだけの子どもになってしまうのです。「言われた勉強を黙ってやればいい」まま大学に入り、企業に入った人たちが、現在の日本をつくってきましたが、その限界は、誰もが感じていることでしょう。この閉塞感はどこからやってくるのか?

 時代の変化です。私たちが信じていた「学校教育」は、先生が教え、生徒が黙って聴く勉強です。それは、明治時代の富国強兵や、戦後の高度経済成長期には、大きな力を発揮し、日本を発展させてきたことは事実です。これらは、「より豊かな欧米に追いつく」という、明確な目標があったからできたことでした。しかし、もはやその目標を失った時代、誰からも正解を用意してもらえず、自分で人生の難問を見つけ、自分で解く力が、子どもだけではなく大人にも求められています。知識伝達型の授業の時代が終わるのです。

 急激にそれを促しているのが、2020年のセンター試験廃止、新試験の導入です。これまでのような暗記中心ではなく、思考力を問う新しい時代の問題を出す。そのため、高校教育も変わらなければならない。これが、教育現場に衝撃を与え、子どもを持つ親も振り回されています。

 すでに高校の現場、大学の講義の現場で、どんな「アクティブラーニング=能動的な学習」を生徒・学生にさせたらよいのかという議論は盛り上がっており、本もたくさん出ています。多くの高校や大学が熱心に取り組み始めています。でもまだ、保護者や塾・予備校・マスコミなどの世界では、「東大合格」「有名中学・高校に入れたかどうか」の話題が花盛り。このギャップを埋めるために書いたのが本書です。

 本書は『高大接続改革――変わる入試と教育システム』というタイトルですが、「受験テクニック」を伝授する本ではありません。本来、自らの意志で学ぶことは楽しいものです。受動的な「教育」から能動的な「学習」へと変化していくのは、お子さんだけでなく、私たち大人もまた主役なのです。シンポジウムや講演会に行けば、手を挙げて能動的に質問できない私たち。そんな私たち大人からまず、能動的な学習をする姿を子どもに見せ、共に学び、成長していこうではありませんか。

 本書は全5章で構成されています。まず第1章では、受験生の親御さんの関心が高い、2020年入試改革について、2016年3月31日に文部科学省の高大接続システム改革会議が公表した「最終報告」を読み解き、国や文科省が、どんな人材を育成したいかを理解します。高校や塾・予備校はそれぞれいろいろ考えてお子さんを支援してくれるでしょうが、まず、一次情報に触れることが重要です。

 第2章では、「偏差値で人生が決まる」という、衝撃的な内容をお送りします。「自分の学びたいことで進路を選ぶ」「偏差値ではなく個性」など、美しい言葉が流布する一方で、どうして、エリート層の家庭を中心に、有名中学、高校、大学への受験が過熱するのでしょう。どうして企業は有名大学出身者を採用したがるのでしょう。それは、受験の「学力による選別」という機能が有効であると、誰もが潜在的に認めているからです。私は、主要大学の就職データから、その事実を割り出しました。この第2章ではあえて、「偏差値は学力による人材の選別として有効であり、有名大学を目指すのは正しい」という視点に立ってみます。こうした高校、親、受験業界、マスコミのニーズを無視して、大学周辺だけで「偏差値より中身」と教育の理想をいくら語っても、市場に見放されて定員割れし、経営が悪化している4割の私立大学が救われるわけでもありません。

 第3章では、「教育学」を超える「学習学」の提唱者であり、「楽しくて、即、役に立つ」参加型研修の講師としてアクティブラーニングを25年以上実践する、京都造形芸術大学教授・副学長の本間正人先生に、アクティブラーニングに対して、多くの人が感じる「素朴な疑問」「今さら質問しにくい質問」について、回答していただきます。私は教育ジャーナリストとして何冊かの本を書いてきましたが、教育学者ではありませんので、理論的な研究については素人です。そこで今回、共著者として本間先生のご協力をいただいて、本書をより学術的な評価に耐えられるものに強化しています。第1章、第2章のコラムと第3章をご執筆いただきました。第4章、第5章ではそれぞれ私が、取材してきた全国の様々な高校、大学のアクティブラーニングの取り組みをご紹介しますが、ただよその学校の話を書くだけではなく、読者の皆様にすぐに役立つ話に昇華したいと考えています。

 「アクティブラーニング」は、まだ日本では始まったばかりの言葉ですが、その行動自体は昔からあります。今、この文章をあなたが読んでいることも、「アクティブラーニング」です。能動的な学習は、学校を卒業したら終わりではありません。一生続きます。ぜひあなたも私も、「最終学歴ではなく最新学習歴」(ⓒ本間正人)を更新し続けようではありませんか。

 それでは、1時間目の授業をはじめます。           山内太地

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