単行本

研究をはじめる前に、もっとも気をつけるべきこと
『リサーチのはじめかた』著者インタビュー

9月に翻訳刊行された単行本『リサーチのはじめかた 「きみの問い」を見つけ、育て、伝える方法』は、「⾃分にとってほんとうに重要な問い」を見つけて研究を設計し、〈⾃分中⼼の研究〉をつづける⽅法を、演習問題を交えてやさしく講義したリサーチガイドです。刊行予告後に大きな反響が寄せられ、刊行前重版が決定、1万部を突破しました。 そもそもどうしてこの本を書こうと思ったのか? 研究において最も大事なことは何か? 本書の著者、トーマス・S・マラニー氏(スタンフォード大学歴史学教授)とクリストファー・レア氏(ブリティッシュ・コロンビア大学アジア研究教授)が、アジア研究協会(ASS)に向けて語ったインタビュー記事を公開します。【翻訳:安原和見】


――『リサーチのはじめかた』は「アジア研究」の本ではなく、一般的な研究の方法を述べたガイドブックですね。どうしてこのような本を書かれることになったんですか。

トム: この本のアイディアは20年ほど前に生まれたんです。講義室で大失敗しましてね。大学院生時代、クリスと私は学部生向けの研究方法論の講義を担当することになって、それでシラバスを考案したわけです。ふつうの基本的事項はすべて押さえましたよ。一次資料にあたるとか、メモを取るとか、注釈付き参考文献を作るとか、論文の構成を考えるとか、つまり『The Craft of Research(邦題『リサーチの技法』)』みたいな本に書いてあることです。一歩一歩段階を踏んで、その学期中に習得できるように講義を組み立てたわけです。少なくとも私たちの心づもりでは、このとおりやっていけば自分なりの研究計画を作れるはずでした。

 なのにうまく行かなかった。どの学生も次から次に立ち往生するんです。成功する研究プロジェクトに至る超特急を用意したのに、みんな駅のプラットフォームをうろうろするばかりで、同じジレンマを抱えてた――なにを研究したらいいのか。Xというテーマに興味はあるけど、それをどこで調べたらいいのだろう。アイディアはたくさんあるけど、どれを選んでいいのかわからない。面白い資料を見つけたけど、これをどうしたらいいのだろうか。研究すべき問いがわかっていないから、そもそも最初の一歩すら踏み出すことができなかった。自分の興味関心がつかめていなくて、だからそれをプロジェクトにすることができなかったんです。

 大して興味のないテーマを選んで、教えられたとおりやっていくことにした学生もいました。しかし、選ばなければならないから選んだだけなのは明らかでした。だれにとってもがっかりだったし、鬱憤がたまるばかりで。

 それで気がついたんですよ、私たちはよくあるミスを犯していたんです。研究で一番むずかしいのは始める前の段階なんですね。どんな問いに答えたいのかわからず、どんな問題を解決したいのかわかっていないときなんです。なのに、それを忘れていた。それで見まわしてみて気がついたんですが、自分の問いや問題がなんなのか、すでにわかっている研究者に向けて「研究方法」を説明する本は何冊もあるのに、そもそも自分の問いや問題をどうやって見つけたらいいのか、そこを教えてくれる本はぜんぜんなかった。

 それでクリスと相談して、研究の始めかたの本を書こうってことになったんです。アジア研究の学生だけでなく、人文科学の学生だけでもなく、分野にかかわらずあらゆる学生のため、というよりすべての研究者のための本を書こうと。


――新しい研究プロジェクトを始めるとき、一番どういうところに気をつけたらいいんでしょうか。

クリス:「私の問題はなにか」と自問することですね。テーマや事例研究の奥には、個人的にすごく気になっていることが隠れている。それはなにかと問うんです。この本でくわしく取りあげたのは、自分の好奇心や動機や思い込みに波長を合わせるにはどうするか、その具体的な方法なんです。たとえば「やるなら思いきり小さく」という演習では、あるテーマや資料について疑問に思うことを書き出し、その疑問のなかにパターンを見つけるということをやります。そうすることで、ひとつの問いに飛びついて、肝心の問題を見逃す危険を避けるわけです。「文献」という、さまざまな声や課題のあふれる広大な領域に突っ込んでいく前に、自分の問題に気づいておくことが重要なんです。この自己省察をはぶいてしまうと、中心からそれていって他人の計画に従うことになりがちですから。

 しかし自分の問題に気がつくと(本書ではそのためのテクニックを多数紹介していますが)、あとあと大いに助かるんですよ。問題と事例とを区別できるようになるので、必要ならプランBを作成できます。また、自分にとって最も役立つ研究、それも自分の分野以外の研究を、ずっと簡単にピンポイントで見つけられるようにもなるんです。

 するとにわかに、自分の問題という視点から「文献レビュー」に取り組めるようになります。ただのテーマのまとめじゃなくなるんです。以前よりやる気が出てきます。自分のプロジェクトにとって真に重要な文献がどれか見分けがついて、雑草をすばやく片付けられるようになります。自分の研究の持つ意味がずっとわかりやすくなります。ほかにもいろいろ利点はあって、テーマを「絞り込む」のがなぜよくないかという説明のところにも、それはいくつか書いてあります。


――アジア研究を専門にしてこられたわけですが、この本を執筆なさるうえでそれがなにか影響したと思われますか。

トム: アメリカの学問の世界でアジアについて研究していると、なにをやっていてもその「意義」についてしょっちゅう質問されます。これが南北戦争とかアップルコンピュータの歴史だったら、なぜそんなことを研究したいのかと訊かれて、答えに窮するようなことは十中八九ないと思います。たとえばアジア史みたいに、人にあまり知られていない主題を専門にすると、そんなことをしてなんになるのか絶えず説明を求められる。はっきり訊かれることも、それとなくのこともあります。うんざりしたりもしますが、これは実はありがたいことなんです。たとえ「重要なことが自明なテーマ」でも、それが世界にとってどんな意味があるのか、さらに重要なことには、研究者本人にとってどんな意味があるのか、突き詰めて考えるきっかけになりますからね。

 私はアメリカ史を学ぶ学生たちに、南北戦争について、アメリカ大衆文化におけるジェンダー問題について、あるいはフランス革命について、どんな興味関心を持っているのか語ってもらっています。そして学生の答えを聞くだけではなくて、その主題に関連して、心の奥に引っかかっていることを引っ張り出そうとするんです。そのうえで、そういう問いに正直に答えるために必要な、時間と安心感を与えるように努めています。いわゆる「文献のギャップ」があるからといって、そこに情熱を見いだすなんて人はいませんよ。これはまちがいありません。人が情熱をかき立てられるのは、遠方の友人と深夜に電話をしているとか、選挙のあとで家族と口角泡を飛ばして議論するとか、車で通勤していて毎日ふとなにかに気がつくとか、そういうときなんです。

 アジア研究の分野で仕事をすることは――そして、中国史の基礎の基礎さえほとんどの人が知らない場で、たえず「なぜ」という問いに答えなくてはならないことは、研究者として、また研究の指導者として、そういう習慣をはぐくむのに役立っていると思いますね。

クリス: この本の中心をなしているのは「やってみよう」という演習問題ですが、その多くはアジア研究の講義をするなかで開発したものなんです。「やるなら思いきり小さく」(「つまらない」問いの重要性について)、「思い込みを可視化する」(ただし自分で自分を責めないこと!)、「変数をひとつ入れ替える」(事例と問題を区別するため)、「前とあとのゲーム」(自分のストーリーを理解する)などは、中国の歴史や文学を研究するうちに生まれてきたんですよ。この本では、中国に関係ない例もときどき取りあげてますが。


――アジア研究をしてこられたことで、研究の方法論や理論が影響を受けた例などはありますか。

クリス:「問題集団」がいい例ですね。問題集団とは、研究したい問題を共有するすべての研究者を指して、私たちが使っている言葉です。生きていても死んでいても、また分野や学科も関係ありません。この著者は私のやっていることが本当にわかっている、私のプロジェクトの中心的課題を共有していると、そんなふうに感じる研究に出くわしたときのことを考えてみてください。あるいは、別の分野の本を読んでいて、自分のプロジェクトの「扉」がこれで開きそうだと感じたときとか。それはただ胸が躍る感覚というだけでなく、つながることなんです。そしてそのつながりからインスピレーションを得て、プロジェクトを新たな視点から見なおすことができ、自分の問題のさまざまな事例に気がつく能力を高められるんです。

 個人的な話をすると、私は中国の「知音」という概念にインスピレーションを得ています。これは「その音を知っている人」、つまり自分と波長が合っている人という意味です。私は最初の著作で中国の笑いの歴史について書いたんですが、そのなかで銭仲舒の1930年代の「笑いについて」という評論を取りあげました。彼はこの評論で、ユーモアとは心と精神が出会って生じる共鳴だと言っています。「おそらくいまから数百年、ここから数万マイルのかなたに、やっと同類は見つかるだろう。その同類は、はるかな時空の対岸に立って、こちらに微笑み返してくるだろう」と言うんですよ。研究の世界で同類を見つけたときの、魔法のような瞬間について言っているのかと思うほどです。


――AAS(アジア研究協会)の会員になにかアドバイスをいただけませんか。アジア研究という分野の外にも自分の声を届けたいと思う会員のために。

クリス: 分野外の人々とつながるなら、シンプルながら強力な方法があります。「世間では私の問題はなんと呼ばれているのか」と自問することです。どんな語彙を使っているのか。私の分野の略語が通じるだろうか。私の[アジア研究の]事例を、外の人々にもっとなじみのありそうな事例と関連させるには、どんなシナリオが役に立つだろうか。核心にある課題を理解してもらうには、どんなアナロジーを使えばいいだろうかと、そういうふうに考えてみることですね。

トム: いまのクリスの指摘はすごく重要な点です。アジア研究という分野の外の人々に声を届けるなら、ASA会員にとって重要なのは、実際にそれに成功している同僚から学ぶことです。すばらしいと思う学科内の研究を5~10個選んで、その脚注をたんねんに見ていって、著者にとってとくに重要そうな、アジア研究以外の二次資料に注目するんです(こういう資料はイントロダクションとか、章や論文の最初と最後のセクションとかによく出てくるものです)。また謝辞もよく読んで、アジア研究との関連がすぐにはわからないような学者が出てこないか注目します。この著者はだれと関わっているのか。どのように関わっているのか。そちらの読者にちゃんと伝わるように書いているか。それとも、さっきのクリスの指摘で言うなら、略語に足をとられて、潜在的な読者を招き寄せるどころか撥ねつけてはいないだろうかと、そういうことに気をつけるわけです。


――おふたりはいま、いっしょに新しいプロジェクトに取り組んでいらっしゃるんですか。

トム: 近いところで言うと、『Where Research Begins』の中国語翻訳者と協力するのを楽しみにしているところです。うれしいことに、この本は少なくともアジアの5カ国で出版されることになっているんですよ。韓国ではつい先日出たところで、これから中国、日本、タイ、台湾で出版される予定です。

クリス: それと、またふたりで本を書いているんですよ。今度は、研究が終わる前に研究について話す方法という本です。完成した研究をどうプレゼンするかということではなくて、現在進行中の研究について人に話して、それを通じてその研究じたいをどう改善していけるかという本になると思います。中心にあるのは、あいまいなものを有益で生産的なエネルギーに変えていく方法です――仕事中の同僚との会話とか、会議とか、出版社との話し合いとか、それどころかジョブトーク〔大学などの採用面接で自分の研究をプレゼンテーションすること〕ですら役に立ったりします。なんといっても、研究はたいてい未完成な状態にあるものですからね!

 

 

 

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